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就職活動に挫折して気づいた「大人の夢の叶え方」

2021年10月21日 公開

チョ・ユミ(作家)、訳:藤田麗子

チョ・ユミ
(イラスト:ファガユル)

子供の頃とは違い、大人になれば思い通りに生きることがいかに難しいかを知る。しかしだからといって理想や夢を簡単に捨てていいのだろうか。人気エッセイストであるチョ・ユミ氏は、夢を諦めるのではなく中断することを勧めている。本稿では、SNSで絶大な人気を誇る同氏のエッセイ「ありのままでいい~自分以外の誰もが幸せに見える日に」より、大人の夢の叶え方にまつわる一説を紹介する。

※本稿はチョ・ユミ 著、藤田麗子 訳『ありのままでいい~自分以外の誰もが幸せに見える日に』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。

 

人生はナンバーワンでなくていい

童話『みにくいアヒルの子』の中で、みにくいアヒルの子は、他のアヒルたちのいじめに耐えかねて群れを離れる。やがて湖に映った姿を見て、自分が白鳥だったことを知ってからは、みにくいアヒルではなく、白鳥として生きていく。

もちろん私たちの人生は童話ではない。現実の世界では、すべての物語がハッピーエンドを迎えるわけじゃない。たいていの人は、自分が失敗することもありうるという事実を知っているにもかかわらず、必死に否定しようとするが実際は失敗するかもしれない。努力に見合う成果が得られなかったり、努力する前よりも状況が悪化したりすることだってあるかもしれない。

しかし、そもそも私はナンバーワンじゃない。もっと優れた実力をもつ人は多いし、これからさらに増えていくだろう。この先、私が伸び悩むことだってありうる。今の状態を維持していくだけかもしれないし、後退することもあるかもしれない。

覚えておきたいのは、たとえ現実が厳しいものだったとしても、自分がやっていることをあきらめる必要はないということ。過度なポジティブマインドで現実から目をそらすのではなく、どんな状況に置かれても人生が揺らがないように、"実直な"自分になればいいだけ。

アヒルはアヒルとして、白鳥は白鳥として生きればいい。自分の存在を、童話の中のみにくいアヒルに設定する必要はない。白鳥じゃないのに白鳥になることを夢見て生きたら、現実と対面したときにむなしくなってしまう。

今よりいい人生を夢見てはいけないという意味じゃない。もっといい人生を生きたいなら、白鳥になりたいと夢見るのではなく、もっといいアヒルを目指すべきだ。私たちは誰しも、苦労しながら生きている。でも、注目される人もいれば、名前さえ記憶されない人もいる。まるで一編の映画みたいに。

映画の観客たちは、スクリーンに登場する主演と助演俳優の顔、監督と脚本家の名前を記憶する。でも、その映画を撮るために苦労したスタッフや端役の俳優は、参加したのかどうかさえ知られないことがある。エンディングクレジットでも彼らの名前はとても速く流れてしまって読みづらい。

人生もそういうもの。すべての人がスポットライトを浴びることはできない。自分に照明が当たればいいけれど、誰かの影になることもある。自分の努力を誰にも認められないこともあれば、その努力を非難されることすらある。

でも重要なのは、それが現実であっても人生が揺らぐ理由にはならないということ。

 

風景を楽しみながら歩んでいく人生でありたい

競走馬は目隠しで視界を一部遮られてレースに出る。ひたすら前だけを見て走れ、と。しかし、私たちは前だけを見て走る競走馬にはなれない。人生はあまりにも美しいから。

人生は、後ろから誰かに追いかけられるものじゃない。誰かに追い越されることもない。人生という唯一の道を、一人で歩んでいく。誰かに追われているような気がするのは、ただの錯覚だ。

金縛りに遭ったときに、幽霊を目にするようなもの。心の状態が万全でないから、いつも誰かに追われていて、競争しているように感じられる。すべての瞬間は自分との戦いだ。

一から十まで、すべて自分の中の自分との綱引きだ。何もかも自分にかかっている。人生は続いていく。この道が果てるまで、歩き続けなきゃいけない。せっかく歩くなら、道ばたの風景を思いきり楽しんだほうがいい。

前だけを見て走っても、目的地に着くのが早くなるわけじゃない。やみくもに走ったら、ゴールに到達する前に力を使い果たしてしまうかもしれない。どんなに必死に走ったとしても、自分が求める結果を得られないことだってある。すべてを賭けたら、すべてを失うかもしれない。

少し休んでも大丈夫。ちょっとぐらい休んだからといって、世界が逃げたり、あなたの価値が下がったり、能力が消えたりすることはない。風景を楽しむのは、難しいことでも大げさなことでもない。

ゆっくり歩けば自分の進みたい道をじっくり観察できるし、座って休めば行きたい方向について考える時間ができる。

短距離選手とマラソン選手では、走るコースが違う。だから、どちらが先にゴールして、どんな記録を出したかということに意味はない。走る距離が違うから、そもそも比較の対象にならないのだ。急がなくても大丈夫。他の人より少し遠くにあるだけで、ゴールがないわけじゃない。いずれは、目指す場所にたどり着けるはずだから。

幼い頃、運動会のときおとなたちはいつも言った。1等賞じゃなくてもいいから、最後まで走りなさい。かけっこは誰が1等になるかを競うものじゃない。スタートからゴールまであきらめずに走ることが大切だよ、と。だから、人生が少しぐらい遅れても大丈夫。ゴールにたどり着くことのほうが重要だから。

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今できない夢は、後でやればいい >

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