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「新幹線システム」 オールジャパンで輸出を促進せよ

加賀谷貢樹(ジャーナリスト)

2012年02月17日 公開 2022年11月09日 更新

「新幹線システム」 オールジャパンで輸出を促進せよ

 《 『PHPBusiness Revew 松下幸之助塾』 2012年1・2月号 [特集] より》

 日本が世界に誇る高速鉄道「Shinkansen」(新幹線)は、世界の高速鉄道の原点であり、世界の高速鉄道におけるビジネスモデルの基盤だ。乗り心地と安全性はまさに世界をリードするものといってよいだろう。今、世界的に高速鉄道に対する需要が高まるなかで、日本の「新幹線方式」に注目が集まるのは当然のことだ。ただ一方で、欧州各国の高速鉄道との国際受注競争はますます激しいものとなり、そこにはこれまでより一層政府との連繋や戦略が必要となってきている。本リポートでは、世界に誇る新幹線の技術と輸出の拡大に求められている課題に鋭く切り込む。

 

世界のトップを走る日本の「Shinkansen」

 高速鉄道に対する需要が世界的に高まるなかで、日本の「新幹線方式」に注目が集まっている。新幹線は、世界の高速鉄道の原点であり、高速鉄道におけるビジネスモデルの基盤になっているといっても過言ではない。

 東京-新大阪間を最短2時間 25分 (2011年3月ダイヤ改正時)で結ぶ東海道新幹線は、1964年の開業以来、約 51億人が利用しており、JR東海の営業収益(2010年度、単体)の約 85パーセントとなる 9,995億円の旅客運賃収入を稼ぎ出している。

 2010年度における東海道新幹線の輸送実績をみると、最高運転速度こそ時速 270キロメートル(山陽新幹線区間では同 300キロメートル)であり、現在世界トップの位置にない。だが世界には時速 300キロメートル前後で運行されている高速鉄道が複数あるものの、一時間当たりの運行本数が1、2本にとどまることがほとんどであるという(秋山芳弘『世界にはばたく日本力 日本の鉄道技術』ほるぷ出版)。

 その一方で、東海道新幹線の場合、一日当たり 336本の列車が一時間当たり最大 14本(片道)、最短3分間隔で運行し、一日当たり 38万6,000人を運んでいる。にもかかわらず、一列車当たりの平均遅延時間は 0.6分(自然災害等による遅延含む)にとどまり、「開業以来、乗車中のお客様が死傷される列車事故ゼロ」(『JR東海アニュアルレポート2011』)という記録を更新し続けている。

 その意味で、日本の新幹線は、世界に例をみない高速・高頻度運転を、高い安全性をもって実現しつつ、ビジネス的にも大きな成功を収めている先進事例だといえる。

 またJR東日本では、時速 360キロメートルの営業運転を技術目標とする試験車両を製作し、実用技術の開発に取り組んできた。そこで得た成果を取り入れ、2012年末から東北新幹線で時速 320キロメートルの営業運転を開始する予定。これで日本の新幹線は、最高営業速度でフランスのTGVと肩を並べることになる。

 それと並行し、国鉄時代から「超電導リニア」(超電導磁気浮上式鉄道)の開発も進んでいる。2003年には鉄道の世界最高速度である時速 581キロメートル(有人走行)を達成し、2011年5月には「リニア中央新幹線」の建設が正式に決定した。JR東海が 2027年に東京-名古屋の開業を目指すリニア中央新幹線は、最高時速 500キロメートルで走ることができ、2045年の全線開通時には東京-大阪間が約一時間で結ばれることになる。

 まさに、日本の鉄道技術は日進月歩で発展を続けているといってよい。

☆本サイトの記事は、雑誌掲載記事の冒頭部分を抜粋したものです。

 

「適正技術」と人材が鉄道輸出促進のせ

 最近、日本のインフラ輸出における有望分野として、新幹線をはじめとする鉄道技術が注目されている。

 1965年の設立以来、海外への鉄道技術協力や鉄道プロジェクト調査を手がけてきた社団法人海外鉄道技術協力協会(JARTS)の秋山芳弘常務理事は、「ドイツのあるコンサルタント会社が、世界の鉄道分野の市場規模は年間 14、5兆円であると試算しています」と語る。

 最近、日本も新興国の高速鉄道を中心に、官民を挙げて売り込みに奔走している。2011年9月19日、インドのトリベディ鉄道相は、同国を訪れていた日本商工会議所の岡村正会頭らと会談し、デリーとコルカタ間 1,200キロを結ぶ高速旅客鉄道の整備を表明。日本に協力を求めた。またベトナムは2010年4月、ハノイとホーチミンを結ぶ南北高速鉄道で、日本の新幹線方式を採用することを閣議決定したと報じられている。

 さらに 2011年3月には、鉄道発祥の地であるイギリスで、ロンドンと英中部の主要都市を結ぶ高速鉄道の車両製造を、日立製作所を中心とするグループが事実上受注。年内の最終契約締結を目指すという。運行の正確さ、故障が少ない、納期をきちんと守るなどの点が評価されたというが、フランスのアルストム社、ドイツのシーメンス社、カナダのボンバルディア社という「ビッグ3」が、日本を除く世界の旅客鉄道事業市場の6割を占めるなかでの大きな快挙である。

 東日本大震災後の素早い復旧、2011年7月に起きた中国高速鉄道の追突・脱線事故など、日本の新幹線方式への信頼の向上につながる出来事がいくつか起きたという事情もある。だが、新幹線がシステムとして海外に輸出されたケースは、まだ台湾高速鉄道のみであり、新幹線の輸出については課題が山積しているのも事実だ。

 たとえば、特に新興国では日本方式の精緻(せいち)な定時運転システムがオーバースペックだとみなされることが少なくない。二重三重の万全な耐震技術を語っても、鉄道の輸出相手国がその価値を理解できないこともある。それだけに、相手国の環境・文化・社会的背景などに配慮した「適正技術」という発想が重要になってくるのではないか。

 加えて、鉄道事業の採算性などを調べる予備的調査、および現地の事情にマッチした事業の提案を行う海外鉄道コンサルタントの存在も大きい。たとえばインドには高速鉄道の建設構想が6路線あるが、すでに4路線について、英仏などの海外鉄道コンサルタント会社が予備的調査を落札しており、日本勢は大きく出遅れている。

 こうしたなか、日本の鉄道7社が出資し、海外鉄道コンサルタント事業を共同で行う日本コンサルタンツ株式会社(JIC)が 2011年11月1日に設立された。筆頭株主であるJR東日本の田中正典元常務が代表取締役に就任し、2012年春の本格的な営業開始に向けて、事業展開のための準備を進めている。

 遅ればせながら、同社の設立により、名実ともにオールジャパン体制での海外鉄道コンサルタント事業がスタートすることになる。

 前出の秋山氏は、
 「ハードにしろソフトにしろ、日本が持っている素材で良いものはたくさんあります。それらをうまくコーディネートして、海外でいかに売っていくかが大きな課題。日本でも、英語で外国人と対等に、ビジネス面でも技術面でも突っ込んだ交渉ができる人材を育成していく必要があります」
 と強調する。

 技術を育てるのも人であり、技術を活かしてビジネスを創り上げていくのも人だということだ。その意味で、松下幸之助氏の『実践経営哲学』(PHP研究所)に記されている、
 「“事業は人なり”といわれるが、これはまったくそのとおりである。どんな経営でも適切な人を得てはじめて発展していくものである。いかに立派な歴史、伝統をもつ企業でも、その伝統を正しく受け継いでいく人を得なければ、だんだんに衰微していってしまう」
 という言葉の重みを改めて感じる。

 有名な話だが、かつて松下氏は従業員に、
 「『君のところは何をつくっているのか』と尋ねられたら、『松下電器は人をつくっています。電気製品もつくっていますが、その前にまず人をつくっているのです』と答えなさい」
 とくり返し語っていた。

 翻って、今私たちは、
 「日本は人をつくっています。工業製品もアニメもつくっていますが、その前にまず人をつくっているのです」
 と答えられるだろうか。そこに、日本で生まれた技術が世界に羽ばたき、「共同生活の向上に貢献する」という、企業本来の使命を果たすことができるかどうかを占う鍵がある。

 

加賀谷貢樹

(かがや こうき)

1967年、秋田県生まれ。茨城大学大学院人文科学研究科修士課程修了。産業・環境機械メーカー兼商社に勤務後、新聞、雑誌等に寄稿。著書に『中国ビジネスに勝つ情報源』(PHP研究所)などがある。これまでに全国20数カ所の「ものづくり」の街を取材。国認定「高度熟練技能者」の現場取材も担当。


◇掲載誌紹介◇

 『PHPBusiness Revew 松下幸之助塾』

隔月刊 各27日(年間6冊)
年間購読 5,670円

2012年1・2月号
2011年12月27日発売

本号では、特集「日本発“世界製品”の研究」でここにご紹介した「新幹線」をはじめ、以下の世界製品・戦略を取材しています。ぜひご一読ください。
◇日清食品の即席めん「グローカル」戦略
◇世界を牽引する「Shinkansen」
◇カシオ計算機のG-SHOCKはきょうも進化化する
◇テフコ・世界中の高級腕時計の文字盤に輝く
◇太陽工業のグローバル“膜”ビジネス
◇月桂冠の海外日本酒ビジネス事情
◆経営者は圧倒的な強みを世界に訴えよ/財部誠一
 

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