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「前座に恥ずかしさを感じろ」立川談慶が語る、逃げ場を作らせない師匠の厳しさ

2021年12月14日 公開

立川談慶(落語家)

立川談慶

天才落語家・立川談志が2011年11月21日に亡くなってから、10年が経った。談志は落語協会を脱退して立川流を創始したのだが、以降立川流の落語家は寄席には出ず、独演会などで芸を磨くことになる。談志の18番目の弟子が、寄席に「逃げ込む」ことができない立川流の厳しさを語る。

※本稿は、立川談慶著『天才論 立川談志の凄み』(PHP新書)から内容を一部抜粋・編集したものです。

 

落語家の前座修業

落語家は入門すると、まず「見習い」というランクに置かれます。これは、企業でいう「試用期間」であります。要するに「一応弟子としてそばにいることを許可はしたが、まだ本格的には信じてもらえない」という立場です。

ここで「すぐやめないだろう」「楽屋泥棒などはしない」という「消極的な評価」が下されると、前座名が付けられます。私の場合は「立川ワコール」。以前勤めていた会社の名前そのものでした。

「談」の字か、「志」の字を付けてもらって、「晴れて談志の弟子になった」という実感すら味わわせてもらえないほど、私は「使えないドジな弟子」だったのです。しかも、そんな絶対NHKには出られない名前をもらうのに、入門から1年2か月という長い年月がかかってしまいました。

前座名が付くということで、ここで初めて談志の弟子になれるのです。つまり、ここからほんとの意味での修業生活が始まります。「プロの落語家になる」ということは「前座修業をやり抜く」という徒弟制度を意味します。ここがいわゆる吉本などの養成所を経由する「お笑い芸人」などとは違うところです。

極端な区分けをするならば、あちらは「テレビに即した技芸を開発する芸人」を作るのを目的としているのに対し、こちらはあくまでも「落語をしゃべるのを前提とする芸人」を作るのを目的としていることの違いでしょうか。

やや上手いこと言う風に定義するならば、要求されるのは、前者はセンスという瞬発力、後者は扇子を持つまでの忍耐力とでも申しましょうか。逆に、普通のそのへんを歩いているようなお兄ちゃんでもいっぱしの修業さえ積めば、後者の世界では凡才でも生きてゆけるという緩やかさはあるような気がします。そのへんの穏やかさが、この落語界の魅力なのかもしれません。

さて前座修業を終えると「二つ目」という身分になり、ここで初めて「落語家としての存在」が認められて、自由な立場になります。さらにそこで修練を重ねて「真打ち」というランクになると今度は「弟子を取っていい立場」となり、いわゆる「暖簾分け」がなされます。

二つ目、真打ちへの昇進基準は立川流の場合ですと、それぞれ二つ目が「落語50席プラス歌舞音曲」、真打ちが「落語100席プラス二つ目昇進時以上の歌舞音曲」という具合に基準が決まっています。

 

徒弟制度のほうが天才は生まれやすい

なんでここで立川流に代表される昇進基準を持ち出したのかというと、江戸時代から連綿と続く徒弟制度を、このご時世でも堅守しているのが落語界だと考えた場合、かように強烈な身分制度のあるコミュニティ=閉鎖的空間のほうが「天才」は発生しやすいのではという仮説が私の中にあるからです。

モーツァルトがその才能を如何なく発揮できたのも、「宮廷音楽家」という世間とは隔絶された絶対的なヒエラルキーの中に置かれていたからとも思えます。モーツァルトの「書き直しが一か所もない楽譜」と「一度聞いただけで落語はほぼ頭に入ってしまった」という若き日の師匠の姿が重なります。

有象無象がうごめく世間一般の多様化した価値観にさらされないガラパゴス的環境こそ、天才を生む土壌なのかもしれません。徒弟制度とはある意味「枠」のことであります。内燃機関の外壁装置のようなイメージでしょうか。

常識的な社会とは幾分隔絶されたコミュニティが「徒弟制度」の枠内だとすると、世間一般の常識からはかけ離れた世界が構築されやすく、そのほうが「常識から逸脱した人材」、すなわち天才を輩出しやすいのではという仮説を抱いています。

常識の影響を受けるというのは、同時に「矮小化」させることでもあります。談志という天才を生んだ落語界はまさにそんな環境でもあったのではと想像します。それが、落語をはじめとするお笑い、映画、文学、音楽などの芸術およびスポーツ、つまり「表現」の世界に天才が輩出する理由ではないでしょうか。

サラリーマンの中から、天才が現れにくいのはそこかもしれません(無論天才はもともとサラリーマンを志向しませんが)。まずは環境、土壌なのでしょう。

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