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住友を破壊した男・伊庭貞剛が後世に遺したもの

十倉雅和(日本経済団体連合会会長・住友化学株式会社代表取締役会長),江上剛(作家)

2022年03月09日 公開

 

化学会社だからこそ貢献できること

【江上】十倉会長が、経団連の新年の会見でおっしゃっていた、「サステイナブル(持続可能)な地球環境を実現するには、日本が官民を挙げてグリーン・トランスフォーメーション(GX)を進めないといけない」という言葉は、貞剛の考えと通ずるものがあると思います。

未来の日本や世界を見据えて、過去の延長ではなく、それを一度壊すくらいのことに挑んで、新しい産業を生み出していく。そんな呼びかけではないかと受け取りました。

【十倉】素晴らしい受け止め方をしていただいて光栄です。GXの力点はG(グリーン)ではなく、X(トランスフォーメーション)にあります。社会の変化が起こるなかで、国民一人ひとりも、そして企業も産業も変わらなければならない。まさに社会変容が求められます。

岸田文雄首相は「新しい資本主義」というコンセプトを掲げられましたが、経団連もそれより前に、「サステイナブルな資本主義」を掲げています。どちらも思いは一緒です。

資本主義・市場経済は、適度な競争やイノベーションを生み出し、効率的に資源配分ができる素晴らしい制度ですが、新自由主義や市場原理主義のような、「市場に任せておけばすべては解決する」という考えでは、いま起こっている格差の問題も、生態系の崩壊の問題も解決できません。

自然環境や医療、教育といった「社会的共通資本」は市場経済に任せきるのでなく、市場経済の仕組みを使ってコントロールするといったことも必要です。政府や公的機関の果たす役割も大きいでしょう。

美しい地球を我々の子供や孫の世代に残すために、温室効果ガスの排出を実質ゼロにするカーボンニュートラルに官民を挙げて取り組んでいかなければいけないと思います。

【江上】一方で、住友化学のトップとしては、GXをどうお考えでしょうか。化学会社には石油を原材料とする製品が多くあり、CO2の排出量も多いのではないかと思いますが。

【十倉】かつて高度経済成長期の日本で公害が深刻化したとき、化学企業は非難されましたが、逆に公害を解決する技術もまた、化学から多く出てきました。NOx(窒素酸化物)やSOx(硫黄酸化物)を減らしたのは、化学技術でした。同様に、カーボンニュートラルを実現するために、CO2の排出を減らす努力に加えて、回収・利用・貯留することにも、化学の力は大きく貢献できると考えています。

現に住友化学グループは、そのためのさまざまな新技術を研究開発しています。ユニークな事例として、自然界に存在する微生物を使ったカーボンネガティブ(CO2の吸収量が排出量より多い状態)の技術があります。

植物の根に共生する「菌根菌」は、植物の光合成によるCO2吸収を促進するだけでなく、地中に炭素化合物の形でCO2を固定化させる役割を果たします。この菌は、植物の根にリンや窒素などの栄養を与えることで植物がよく育ち、また、菌根菌も植物がCO2から合成した炭素化合物をもらって生存します。

この関係により、より多くのCO2の固定化が可能となるのです。その他にも、石油化学製品の原料となるナフサを分解するときの熱源に化石燃料ではなくアンモニアを使うことでCO2の排出を削減する技術。

あるいは、ごみやプラスチック廃棄物を化学品の基礎原料であるアルコールやオレフィンなどに変換し、新しいプラスチックの原料として利用する、炭素資源のリサイクル技術なども研究開発しています。

【江上】さまざまな技術を開発されているのですね。

【十倉】いまよく耳にする「脱炭素」という言葉は適切ではないのではないかと気になっています。人間や有機物を構成する炭素は、非常に有用な物質です。炭素を使わないのではなく、有効に利用する、リサイクルすることが重要なのです。

自社の製造工程で排出されるCO2を減らすのと同時に、社会でCO2を削減するための新しい技術を開発すること、つまり「責務」と「貢献」の両方が大切だと考えています。弊社内部では、カーボンニュートラルに向けた取り組みは、社会課題を解決すると同時に、自分たちのビジネスチャンスでもあるとポジティブに捉える人が多く、すごく熱心です。

【江上】化学会社は未来を拓いていく産業だということを、改めて実感しました。

【十倉】住友化学は、銅の製錬で排出される亜硫酸ガスを回収して硫酸にし、肥料を作ることが発祥でした。今、我々が地球温暖化などの環境問題克服のためにイノベーション創出に取り組んでいる思いは、煙害解決に奮闘した当時と共通しているように感じますね。

物語の最後の部分にあるように、皮肉にも、貞剛が四阪島に製錬所を移転したことは、かえって煙害を広げる結果となりました。しかし、彼の志は受け継がれ、30年ほどを費やし煙害の抜本的な解決がなされています。できることを一歩一歩やっていこうというプラグマティズムは、貞剛が残した重要な遺伝子だと思うのです。

いまできることをして、上手くいかなければ次の一手を考えていく。そうすれば、サステイナブルな地球環境を実現するための具体策が見つかると信じています。

【江上】これからの未来を感じさせてくれるようなお話、ありがとうございました。「ESGの先駆者」としての貞剛を、もっとたくさんの人に知っていただければと思います。

 

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