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住友を破壊した男・伊庭貞剛が後世に遺したもの

十倉雅和(日本経済団体連合会会長・住友化学株式会社代表取締役会長),江上剛(作家)

2022年03月09日 公開

住友を破壊した男・伊庭貞剛が後世に遺したもの


(取材・文=杉山直隆/写真撮影=吉田和本)

住友第二代総理事として住友銀行創設などの英断を下し、“住友中興の祖"とよばれた伊庭貞剛。小説『住友を破壊した男』は危機に瀕した住友を救った貞剛の知られざる生涯に迫った、作家・江上剛氏によるノンフィクション・ノベルである。

本稿では、経団連会長・住友化学会長の十倉雅和氏と江上剛氏が、執筆したきっかけから伊庭貞剛の先見的な経営観、そして今もグループに生きるその遺伝子について語り合う。

 

ESG経営を先取りした伊庭貞剛

【江上】本書を執筆したきっかけは、住友林業さんの取材でインドネシア・ジャワ島のプロボリンゴという街に行ったことです。本書の冒頭でも書きましたが、住友林業さんは日本に輸出する木材製品の原料となる木を長年にわたって住民とともに植林し、持続可能な森林経営を実践されている。

素晴らしいなあと思ったときに、社員の方から「弊社は住友第二代総理事である伊庭貞剛の精神を受け継いで持続可能な経営をしている」と聞きました。明治期に日本の将来を考えて行動していた経営者がいたことを知らしめたいと思い、筆を執った次第です。

【十倉】ありがとうございます。私は「義」という言葉を自分の信条にしています。「義」とは、自分や会社でなく、より広いパブリックのことを考えて動くという意味ですが、貞剛は、まさにそれを体現した人だと思います。この本のタイトル通り、住友を壊してでもという覚悟をもって、社会や地域を守ることを実践されたわけですから。

【江上】貞剛は、別子銅山の煙害を解決するために、これまで銅山の近くにあった製錬所を四阪島に移しました。純利益の2年分も費やしていますから、かなりの出費です。

【十倉】社を賭けたプロジェクトは各社それぞれありますが、貞剛は相当思い切って、しかも利益を出すことではなく、煙害を防ぐことを第一の目的に投資をしました。当時、そういう判断をする経営者は、日本どころか、世界を見渡してもあまりいなかったのではないでしょうか。

最近は、ESG(環境・社会・企業統治)経営について盛んに取り上げられるようになりましたが、貞剛は時代のはるか先を行っていた。心から尊敬しています。

 

住友グループに息づく「自利利他公私一如」の精神

【江上】貞剛は、「自分たちだけでなく、パブリックのことを考える」という思想を持って行動しました。この考えは、貞剛以前にも住友にあったようですね。

【十倉】住友家初代の政友は、涅槃宗に帰依していました。宗教家として、常に社会のことを考えていたのです。以後、400年以上にわたり、住友グループ各社は事業経営の根本精神を継承してきました。その一つが「自利利他公私一如」です。

住友の事業は、一住友を利するものではなく、広く地域社会や国家を利するものでなくてはならないという意味です。貞剛の座右の銘に、私の好きなものがあります。「君子財を愛す、これを取るに道有り」です。

これは物語にも出てくるとおり東嶺禅師の言葉で「お金を稼いで財産を築くことは恥ずかしいことではなく、君子のすることである。しかし、モラルのない儲け方をしてはいけない」という意味です。

今から50年前に経済学者の宇沢弘文先生が「社会性の視座」を提唱されましたが、社会の一員である企業の経営に社会性の視座を取り入れることは今を生きる我々にとっても非常に重要なことです。

また、貞剛の言葉に、「あくまで現実を重んずるも、現実に囚はれず、常に理想を望んで現実に先んずること唯一歩なれ」があります。

事業には、現実問題としてさまざまなことがあるが、目先のことだけに追われるのではなく、遠い将来を見据えたビジョンを持つべきだということを意味します。

つまり、単なる現実主義者でも空想論者でもなく、現実的に考えて、少しでも理想に近づくことが大切だということです。今も住友グループ各社には、実践を重んじる「プラグマティズム(実用主義)」の文化が根付いているといえます。

【江上】最近またよく言われている、自社の存在意義を見つめ直す「パーパス経営」も、まさに住友グループの「志経営」そのものです。社員が共通の価値観を抱き、地球環境を守っていくんだという使命を持ちながら会社の経営に参画しているのは、本当に素晴らしいことだと思います。

昨今はGAFA(Google, Amazon,Facebook, Apple)などの世界的なⅠT企業ばかりが注目されて、日本企業は遅れていると言われることが多いですが、世界に向かって発信できる材料はいくらでもあるような気がします。

【十倉】企業は株主だけのものではない、社会的存在であるべきだということを、日本企業は「三方よし」といって昔から行ってきました。そのことに自信を持ち世界をリードしていくべきだと思います。

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