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“入浴シーン”が表すものは? 『ドライブ・マイ・カー』だけじゃない、世界が絶賛する邦画作品

伊藤弘了(映画研究者、批評家)

2022年03月27日 公開

 

是枝作品が問いかけるテーマ...なぜお風呂に入るのか?

現代日本の家族のあり方に鋭い眼差しを注ぐ是枝作品は、同時代に生きる私たちに多くの気づきを与えてくれます。

たとえば、是枝裕和の映画を見ていると、ほぼすべての作品に入浴シーンがあることに気づきます。

映画における入浴シーンにはいくつかの機能があると考えられます。たとえば、俳優(とりわけ女優)の裸体を撮るための格好の口実を与えてくれるというのは立派な機能のひとつです。

若手女優が入浴シーンに挑むとなると、それ自体がWebの記事になって映画の宣伝に寄与しているケースをよく見かけます。スクリーンに映し出される美しい裸体を堪能したいという大衆の欲望は、映画史の最初期から連綿と受け継がれているものです。

とはいえ、是枝映画の入浴シーンは単に俳優の裸体を見せるためのものではありません。是枝が繰り返し描き続けてきたテーマと不可分に結びついた演出に思われます。

入浴シーンを通して見えてくる是枝作品のテーマとは何でしょうか。それは「家族になること」です。

『そして父になる』(2013年)はその典型でしょう。

子どもの取り違えを描いた本作では、親子にとって重要なのは血のつながりなのか、それとも一緒に過ごした時間なのかが問われています。これは普遍的な問いだと思います。

映画には子どもを取り違えられた二組の家族が登場します。二組の家族の設定は対照的です。大手建設会社に勤める主人公の野々宮良多(福山雅治)は、妻のみどり(尾野真千子)、一人息子の慶多(二宮慶多)とともにタワーマンションで裕福な暮らしをしています。

それに対して、町の小さな電気店を営む斎木雄大(リリー・フランキー)一家はお世辞にも裕福とはいえません。妻のゆかり(真木よう子)もパートに出て家計を支えています。野々宮家では子どもの教育に力を入れており、幼少期から厳しくしつけをしていますが、斎木家は子どもたちをのびのびと育てることを大切にしています。

入浴シーンには、二つの家庭の教育方針の違いが端的にあらわれています。野々宮家では、子どもは小学校入学前から一人で風呂に入ることになっており、取り違えられた琉晴(黄升炫)が泊まりにきたときには、風呂で箸の使い方を練習させていました。

一方の斎木家では、3人の子どもたちが父親と一緒にお風呂に入って遊んでいます。慶多が泊まりにきた際には、雄大が浴槽のお湯を口に含んで慶多の顔にかけて喜んでいました。血がつながっているという事実にすがるのではなく、風呂の水を介して一緒に過ごすことのできなかった時間を埋め合わせているかのようです。

 

親密な関係を維持する場所

血のつながりのない(あるいは薄い)家族もまた是枝作品に頻出する設定です。

そのような家族との入浴は、『幻の光』(1995年)や『DISTANCE』(2001年)、『歩いても 歩いても』(2008年)、『万引き家族』(2018年)などで繰り返し描かれています。

『幻の光』では、お互いに連れ子を抱えた男女(江角マキコ、内藤剛志)が再婚します。妻が夫の連れ子である娘の髪をとかしているなか、夫が妻の連れ子である息子と風呂に入っている場面があります。

『DISTANCE』には直接的な入浴シーンはありませんが、会話のなかで再婚相手の連れ子と一緒にお風呂に入るという話が出てきます。『歩いても 歩いても』では、主人公の良多(阿部寛)が、妻(夏川結衣)の連れ子である息子のあつし(田中祥平)と実家の風呂に一緒に入って話をしています。

『万引き家族』に出てくる家族にも血縁関係はありませんでした。一家の父親役である治(リリー・フランキー)は児童虐待を受けていた少女(佐々木みゆ)を連れ帰ります。

劇中では、母親役である信代(安藤サクラ)が、少女と一緒に入浴し、お互いの傷を見せ合う印象的なシーンが描かれています。彼らは入浴を通して他人と家族になっていくのです。

『誰も知らない』(2004年)の家族には、「半分だけ」血のつながりがあります。

この映画では、母親に置き去りにされた4人の子どもたちのサバイバル生活が描かれますが、彼らは全員父親の異なる兄弟姉妹です。

劇中には長男(柳楽優弥)と次男(木村飛影)がともに浴槽に身を浸してくつろいでいるシーンがあります。ですが、やがてガスや水道が止められてしまうとそうした贅沢な時間を過ごすことができなくなり、兄弟間でいさかいが発生するようになります。

このように是枝映画にあらわれる風呂は、家族が親密な関係を維持するために欠かせない場所として機能しているのです。「家族」という普遍的なテーマへの独自のこだわりが、是枝作品の国際的な評価に一役買っているのではないでしょうか。

 

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