北朝鮮のガイドから告げられた"予想外"の言葉
平壌空港に到着した私は、いきなり戸惑いを覚えた。
「何をしに来たのですか?」
空港の待合室では、2人の男性ガイドが私を待ち受けていた。現地で1グループに2人のガイドが付くということは事前に知らされていた。
「私は猪木さんの行くところに付いて行って、いろいろ写真を撮影したいんです」
実際に私はそのために北朝鮮に来たわけだし、新日本プロレスに取材申請もしているので、自分の目的をそのまま伝えた。
「それはできません」
「……」
私は「プロのフォトグラファーで、猪木さんの写真を撮るために来た」と何度か説明したが、ガイドからは同じ言葉しか返ってこない。もしかして、マスコミと認識されていないのか。
だが、ここでガイドと押し問答をしていても何も解決しないような気がしたので、ひとまず私は引き下がることにした。
そんなやり取りの後、白い紙に入国のスタンプが押されて各自のパスポートに挟まれた。これは北朝鮮のスタンプが押してあると、韓国に入れないという問題を回避するための手段なのだろう。
「これは困ったな。ここまで来て猪木さんの写真が撮れないかもしれない…」
そう思いつつ、みんなでホテルに向かう。もちろん、ガイドは付きっきりだ。我々の宿泊先は、平壌市内の高麗ホテル。高層の建物で見た感じ、それほど古くない。
部屋の外には常にガイドがいるという状況である。彼らは初めて北朝鮮に来て右も左もわからない私たちにとって文字通りガイドをしてくれる存在ではあるが、やはり"監視役"も兼ねているのだろう。
猪木を撮影ができないなら、私は北朝鮮まで来た意味がないのだ。猪木が同じホテルに泊まっているのはわかっていたが、食事の場所も違うし、まったく接触できない。猪木と直接話ができれば、状況は変わるはずなのだが…。
状況を一変させた「1杯のコーヒー」
先行きが見えないまま、一夜が明けた。朝、ロビーに降りると、ラッキーなことに私の姿を見つけた猪木の方から声をかけてきた。
「どう?何か問題ある?」
「ありますよ!ガイドに写真を撮っちゃダメだと言われたんです。どうにかなりませんかね?」
私がそう答えると、「そうなの?ちょっとお茶でも飲もうか」と猪木に誘われ、ロビーのカフェでコーヒーを飲みながら話をした。
「向こうには、ちゃんと事前に話をしてあるよ。話が下まで降りていなかっただけかな。まあ、大丈夫だよ」
私が事情を詳しく説明すると、猪木は軽い口調でそう返してきたが、本当に大丈夫なのだろうか。
コーヒーを飲み終えると、猪木が「悪いけど、今細かいのを持ってないから払っておいてくれる?」と言うので、私が300円くらいのコーヒー代を立て替えた。私が支払いを済ませてカフェを出ると、すかさずガイドが駆け寄って来た。
「そんなに猪木先生と親しかったのですか?」
「……」
当然、ガイドは猪木があの力道山の弟子であり、現職の政治家でもあり、今回のイベントの主役であることは熟知しているだろう。
実際にそういう肩書はなかったかもしれないが、事実上の"国賓"だった。その猪木とまさかお茶をしながら話をするような間柄だったとは夢にも思っていなかったに違いない。
後で聞いた話だが、北朝鮮では一緒に食事をした時、割り勘にせずに、どちらかがまとめて払うのは親しい証拠なのだという。
それから1時間もしないうちに昨日から付いていたガイドではなく、新しいガイドが2人やって来た。前のガイドは帰国するまでの間、2度と顔を見ることはなかった。
「平壌市内で撮影できないところはありません。どこでも行きたいところがあったら、私たちに言ってください」
どうやら状況が一変したようだ。一緒にお茶を飲んだだけでガイドの対応がここまで変わるとは、さすが猪木である。