メディアが偏向しているのは当たり前だと考えよう
2011年12月27日 公開 2024年12月16日 更新
《 田中宇:著 『メディアが出さない世界経済ほんとうの話』より 》
ここ数年、「メディア (マスコミ) は頼りにならない」「偏向している」という言葉をよく聞くようになった。世界の政治経済でいろいろな出来事が起こり、新聞やテレビでその意味を探ろうと思ってみても、出来事の意味がわかるようにならない。メディアは、出来事の表面をなぞるだけの、通りいっぺんの浅い報道しかしていない。
国際政治の分野では、米国がイスラム教徒をテロリスト扱いして起こした「テロ戦争」や「イラク戦争」が、実は米国側の偏見や誤認に問題があり、アルカイダも実体の薄い組織であることがわかっている。米政府の発表を鵜呑みにして、イラクのフセイン政権などイスラム側が極悪であるかのように報じた日米などのメディアは、そのあやまちについてほとんど訂正も謝罪もしないまま、今日に至っている。国内問題では、小沢一郎など、日本の国家戦略を対米従属から自立させようとする政治家に対する中傷や、濡れ衣的な犯罪者扱いが続いている。
経済に関しては、リーマンショックなどで世界的な金融システムの崩壊が起きているが、メディアは、日々の出来事の報道を越えた、何が起きているのかを構造的に解説することができていない。1990年代からの米国の強さ(覇権)は、債券金融システムの拡大による富の増大に支えられてきた。リーマンショックは、このシステムのバブル崩壊であり、その後も危機の構造は改善されず、システムが延命しているだけなので、いずれ危機が再来し、最終的に米国の覇権喪失や国際基軸通貨としてのドルの失墜まで引き起こす可能性がある。
この点について、米国の金融メディアには、ときどきこれらの点を示唆する記事が出ることがあるが、日本のメディアは、米国の覇権や債券金融システムといった基本的なことについてすら報じない。日米ともに「金融専門家」の多くは、相場を一定方向に動かしたい金融界の関係者であり、彼らの解説は歪曲(わいきょく)されたものであるが、メディアは、読者がそれらを鵜呑みにせざるを得ないような報道をしている。
今のような世界情勢のもとで、メディアが偏向し、頼りにならないのは、意外なことでない。「けしからん」と怒る人の方が、無知でお門違いだ。メディアは、国家や覇権を維持発展するためのシステムの一つである。フランス革命によって誕生した近代国家(国民国家)のシステムは、人々を国家の主権者である「国民」にまつりあげることで、人々の大多数が貧農(小作農、農奴)だったそれ以前の時代に比べ、人々の「国家への貢献意識(愛国心)」や「労働意欲」を飛躍的に高めた。国家の支配者や資本家は、人々の労働効率や、兵士や納税者としての無償利用度を高め、国庫を富ませ、企業を儲けさせることができた。
近代国家において、人々に国民としての意識を持たせるために、教育やメディアといった部門が不可欠だった。教育は国家の事業として認知されているが、メディアは「報道の自由」などの建前があり、国家の一部門であると認知されないことが多い。しかし実際には、メディアが政府から独立した事業であるかのような体制を作ることで、人々がメディアに対する信頼を強めるやり方が行われている。戦争など国家的な有事が起これば、メディァはいつの間にか愛国的になる。国民も巻き込まれ、メディアが発する情報をプロパガンダだと思わない。巻き込まれず独自の論を表明する国民は「非国民」「テロ支援者」「中国のスパイ」などのレッテルを貼られ、言論を抑止される。
第二次大戦以後、世界は米国の一極的な覇権体制となり、メディアは米国の価値観を世界に根付かせてきた。米国が強くて余裕があった1990年代まで、米国内外での反米的な思想が容認されていたが、90年代末の国際通貨危機やIT株バブル崩壊などを境に、米国の覇権が弱くなり始めた。それとともに、反米思想に対する米国の容認が失われ、01年の911事件(アメリカ同時多発テロ)とともに米国は、反米論者=テロリストという構図を定着させた。恒久的な有事体制である「テロ戦争」が宣言され、米国のメディアは愛国心一色のプロパガンダ機関となった。日本のような対米従属の国のメディアも、反米論を排除し、米国の「正義」や「強さ」を積極的に報じ、日本の対米従属の裏返しとしての中国、北朝鮮、ロシアなどに対する敵視が強まった。
これらの現象の根幹にあるのは、90年代末からの米国の覇権の弱体化である。米国が弱くなった結果として、誘発的な911事件を機に、米国に恒久的な有事体制が敷かれ、メディアの偏向が強まった。イラク戦争が失敗して軍事力や外交的信用が浪費され、リーマンショックで金融システムの悪化が顕在化し、米国の覇権失墜が加速した。
日米のメディアは、米国が経済的、軍事的、倫理的に弱体化しつつあるのに、国家(米覇権体制)のプロパガンダ機関であるため、あたかも米国が強い正義のままであるかのような報道に徹せざるを得ず、その結果、メディアが頼りにならず、偏向する事態が続いている。国家や覇権体制下におけるメディアの役割を理解すれば「偏向はけしからん」と息巻く人が間抜けに見えてくる。
メディアは偏向しているが、メディアを通して情報を集める以外に、世界のことを俯瞰する手立てはない。「政府高官」に直接話を聞いたとしても、彼らが描く世界像は、官僚機構や政府に都合が良いバイアスがかかっている。メディアの記者は「現場主義」を重視しすぎ、政府高官による歪曲した説明を鵜呑みにして書いている。
重要なことは、偏向していないメディアが存在すると夢想せず、メディアとは偏向しているものだと理解したうえで、偏向を勘案しつつメディアに接し、自分なりの洞察や試論を重ねていくことだ。
田中 宇 (たなか さかい)
1961年、東京生まれ。東北大学経済学部に在学中に世界を放浪し、全く違う時代感覚を生きる諸外国の人々に接する。東レ勤務後、共同通信社で記者を10年経験し、マイクロソフトを経て独立。世界のニュースを多読し、報道にかかる政治バイアスを読み解く独自の方法論で、1996年からメルマガ「田中宇の国際ニュース解説」を配信。とくに2001年の米同時多発テロ事件以降、一般のニュースが偏向していると感じた人々に支持を広げ、読者は17万5千人を数える。イラク戦争を「覇権という重荷を放棄して世界を多極化させたい米国の意図的失敗」と位置づけ、昨今のアメリカ経済の混乱を正確に予見するなど、独自の角度と先見性でビジネスマン・経済人の信頼を集める。
『世界がドルを棄てた日』(光文社2009年1月)『米中逆転』(角川書店2010年6月)など著書20冊。
◇ 書籍紹介 ◇
『メディアが出さない世界経済ほんとうの話』
田中 宇 著
税込価格 1,575円(本体価格1,500円)
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読者数20万人のメルマガを持つ著者が、最新の世界経済、国際情勢の俯瞰的見方を示す、新知識満載の緊急書下ろし。
「重要なことは、偏向していないメディアが存在すると夢想せず、メディアとは偏向しているものだと理解した上で、偏向を勘案しつつメディアに接し、自分なりの洞察や試論を重ねていくことだ。」
本書では、そのような視点に立ち、著者の独自の歴史論も展開しつつ、激動する世界を多角的に洞察している。
◎第1章 やがて破綻するドル
◎第2章 米国覇権が崩れ、多極型の世界体制ができる
◎第3章 世界のデザインをめぐる200年の暗闘
◎第4章 歴史各論
◎第5章 金融覇権をめぐる攻防
◎第6章 しだいに多極化に対応する中国
◎第7章 多極化対応で内乱続く日本