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「お前は何者でもない」中傷された14歳、自閉症の作家が闘い続ける理由

ダーラ・マカナルティ(著)、近藤隆文(訳)

2022年07月27日 公開 2024年12月16日 更新

「お前は何者でもない」中傷された14歳、自閉症の作家が闘い続ける理由

すべてがSNSでシェアされる現代。心ない言葉を書き込まれ、胸を痛めた経験がある人も多いだろう。世界で大注目のナチュラリスト、ダーラ・マカナルティもまた、SNSでの批判やいじめに葛藤するひとりの少年だ。

自閉症ゆえ喜怒哀楽のたかぶりが激しいというダーラ。そんな彼が、アンチコメントに人一倍大きな痛みをおぼえながらも環境保護活動に打ち込むのは、自ら「色とりどりの炎のようにひたすら美しい」と語る自然界のためだ。若きナチュラリスト、等身大の姿を追いかけてみたい。

※本稿は、ダーラ・マカナルティ著『自閉症のぼくは書くことで息をする 14歳、ナチュラリストの日記』(&books/辰巳出版)を一部抜粋・編集したものです。

 

「おまえは何者でもない」初めてのアンチコメント

先週、引っ越しの合間に、全国で実施される<バイオブリッツ>に向けてクリス・パッカムといっしょに撮影した。<バイオブリッツ>は全英50カ所の自然保護区の野生生物を調査し、記録するプロジェクトだ。

撮影場所はマーラフ・ビーチ、新居から車でほんの10分で、ぼくはこれから慣れ親しむ場所を探索することにわくわくしていた。

ふだんはひとりで行動するけれど、ここではたくさんいる若者のひとりとして発表し、自分が大好きなものについて、情熱を感じているものについて話したから楽なくらいだった。

問題はそのあと、人との比較やコメントがソーシャルメディアにあふれだしたときにはじまった。ぼくの体が震えんばかりになったのはそのときだ。

あんなに強烈な疑いをぶつけられるとは思ってもみなかった。ぼくへのお祝いの言葉も批判する言葉も画面上でどんどん大きくなるように見えて、そのうちはっと思い当たった。ぼくは注目と承認を求めているのかと。

ふと気づくと、ぼくはしきりに自分の言葉、行動、顔までほかの人たちと比べていた。これにはひどく心をかき乱された。

こんなふうに比べることはどこで終わらせるべきなんだろう? きっとそのうち目的は見失われ、ぼくらは道に迷う。くずれていく生態系を支え、野生生物を保護する緊急性は、人間の自己愛と不安にかき消される。

先週はツイッターのことでくよくよしてばかりで動悸がひどくなった。そうなったら電源を抜くしかない。スイッチオフ。いまもスイッチは切ったままだ。でもぼくの意気込みと勢いは損なわれている。

言葉に傷つけられ、恥ずかしさと罪深さにおろおろするぼくは、ただ自分を傷つけたい。おまえは何者でもない。ほかの人がぼくにそう言うのを何度も聞いてきた。何年も鳴り響いてきたこの言葉を、初めてぼくが口にする。おまえは何者でもない。

撮影の件とか、比較とか、承認を求めるとかは、もっと深い傷があるせいかもしれない。もしかしたらぼくはそれを言い訳にしてるんじゃないか。いじめっ子たちが何年にもわたって残していった重りのことは説明しにくい。

ぼくは彼らにマークされている。やめてほしい。気づかないうちにそれははじまって、ぼくはのみ込まれ、引きずり下ろされる。喜びを食いつくされる。どうしたら打ち勝てるんだろう? どうしたらぼくは二度と傷つけられないってわかる?

自然のための闘いで役割を果たすには、ステレオタイプを打ち破ることからはじめないといけない。毎日目に見えない黒い煙を吐き出して、心をしずめてきれいにし、精いっぱいの努力で自分を取り戻す。時間がかかりそうだ。根気強くならなきゃいけない。

 

深い傷を癒す最高の薬「家族と自然」

ぼくの暗い、からまった考えもいまは遠くにあるらしい。シロカツオドリやツバメに負けない自由な気分だ。あの鳥たちが生きられるなら、ぼくだってできるはずじゃないか? 息をして生きて、戦うこともできるだろうか?

自然界――そこにはぼくたちも含まれる――はとてつもない難題を突きつけられていて、それに圧倒され、押しつぶされるのは簡単だ。でもぼくらはそういう難題を直さなくてはならないし、ぼくがもうここにいなかったら、生きていなかったら、その解決にひと役買うことはできない。

ぼくを抑えつけているのは何だろう? 不安? うつ? 自閉症? そういうものが足かせになっている。もちろん、振りほどくことはできる。少なくとも自分の一部として受け入れることはできるはずだ。

答えは見つからなくても、こういう考えやこのところの毎日の軽さがぼくの体と心をまわりのすべてと織りあわせてくれる。ぼくが本当に結びついているのは自然だけ――ぼくらはみんなそうだ。

ローカンとブローニッドが走ってきて、ぼくもふたりのほうに走り、いっしょに走る。歓喜。と、いっせいにスピードを落とす。ビーチに散らばる大きな変わった殻に惹きつけられたせいだ。これはシーポテト〔オカメブンブク〕――砂に穴を掘って暮らすウニの1種――だ。

穴はとげが生えていた跡で、白くなった炭酸カルシウムの殻は陸でも海でも砕けやすい。ひとつひとつが奇跡だ。そんなたくさんの奇跡がいっぺんに打ち上げられている。

みんなで殻を拾い集めだすと、ローカンがいちばんいい3つに名前をつけることにする。「サンディ、サムに、サンドラ」と。その3つのシーポテトと会話するものだから、ぼくらは笑い転げて涙があふれそうになり、それでも笑いつづけるうちに温かい雨が落ちてくる。

暗い空の下、この惑星を救えるのかという疑いがすっかり取り除かれているのを感じる。むしろ、エネルギーを得て準備ができた気分だ。ずぶ濡れで、寒さに歯を鳴らし、どうかしたみたいにくすくす笑いながら、雨のなかを希望が注ぐのを感じる。ぼくは自分自身であるだけでいい。

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参加者は1万人超。ビッグイベントでのスピーチ

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