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「文化人類学」は分断する時代の救世主となるのか?

奥野克巳(文化人類学者)

2022年08月18日 公開 2024年12月16日 更新

「文化人類学」は分断する時代の救世主となるのか?

急速な工業化とグローバリゼーションがもたらした気候変動によって、人類のみならず、その他の地球上に生きとし生けるもの、挙句は地球そのものの存続すら危ぶまれようとしている。近年、そのような危機的な時代を「人新世」と呼ぶようになった。

そんな時代を生き抜くために必要な羅針盤として、いま改めて「文化人類学」という学問が注目されている。長年、東南アジアで狩猟採集民・プナンとともに暮らし、研究を行ってきた著者が語る人類の多様な生き方は、閉塞感が漂う現代社会をサバイブするための重要なヒントを与えてくれるはずだ。

異なる文化を理解する――言葉では簡単に言えるが、実際にそれを行うのはとても難しい。シェイクスピアの『ハムレット』をナイジェリアに住むティヴの人たちは、どのように解釈したのか。自分たちが暮らす社会の"あたりまえ"を疑うことから真の異文化理解は始まっていく。

※本稿は、奥野克巳著「これからの時代を生き抜くための文化人類学入門」(辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

文化人類学という学問への招待

みなさんは文化人類学という学問のことをご存知でしょうか。

聞いたことがあるという人も中にはいらっしゃるかと思います。「文化人類学者って、探検家や冒険家のこと?」とか、そんなふうに考えてらっしゃる方も多いかもしれません。

数学や生物学、物理学、日本史、世界史などのように高校までに習う科目にはない学問ですから、大学に入って初めて知ったという方もいれば、そのまま触れる機会もなく、大人になってしまったという人もいるでしょう。

あるいは漠然と、外国や異文化について学ぶ学問だと思っている人も多いのではないでしょうか。

異文化を理解しようとする時は、ともすると自分たちの文化を中心にして考えがちです。これを「自文化中心主義」と呼びます。

文化人類学では、長期間におよぶフィールドワークによる参与観察と、その社会を全体として表現する民族誌を書くという訓練を積むことで、この自文化中心主義を相対化することを学びます。

そうすることでようやく異文化理解の一端が開かれてくるのです。異文化を理解するということはそれほど易しいことではありません。

 

シェイクスピア『ハムレット』を異文化の視点から読み解く

その難しさを知っていただくために、ここでは逆の場合を考えてみることにしましょう。つまり、私たちがなじみの薄い異文化を理解するのではなく、これをひっくり返して、異なる文化の人たちが私たちにとってなじみの深い文化をいかに理解するのかを考えてみようと思います。

みなさんはウィリアム・シェイクスピアによって書かれた戯曲『ハムレット』をご存知ではないかと思います。厳密に言えば、それは日本とは異なる文化の内で作られたものですが、すでに日本人にとって『ハムレット』の世界は、なじみの深いものであると言うことができると思います。

先ごろ急死した王が、息子のハムレットの前に亡霊となって現れ、妻ガートルードと弟クローディアスの共謀によって自分は殺されたことを明かします。

ハムレットの母であるガートルードは、夫の死後ひと月も経たないうちに彼の弟クローディアスを夫に迎えると言う不道徳な再婚をし、クローディアスは本来ならば、ハムレットが就くべき王位に就いています。そのことに、ハムレットは懊悩します。

ハムレットにはオフィーリアという恋人がおり、彼女の父親である大臣ポローニアスが、ハムレットのことを探るために陰に潜んでいる時、ハムレットはクローディアスと見誤ってポローニアスを殺害してしまいます。父を恋人に殺された上、恋人のハムレットに捨てられたオフィーリアは狂気に陥り、川で溺死してしまうのです。

その後、オフィーリアの兄で、ポローニアスの放蕩息子であるレアティーズが、ハムレットと決闘することになりました。ハムレットを亡き者にしようとして、クローディアスが毒杯と毒剣を用意し、それと知らずにガートルードは毒杯を飲んで死んでしまいます。

ハムレットとレアティーズの決闘は相打ち隣、2人とも死んでしまいますが、その前にハムレットは自分の叔父クローディアスを毒剣で殺害します。

登場人物がことごとく死んでしまう『ハムレット』を、私たちはしばしばシェイクスピアの3大「悲劇」の傑作のひとつと理解しています。しかし、この『ハムレット』の世界になじみの薄い異文化の人々は、必ずしもそのようには考えないかもしれません。

この悲劇をナイジェリアに住むティヴの人たちはどのように理解したのでしょうか。

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『ハムレット』は「若者に対する教訓的な物語」!?

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