ビジネス書を中心に1冊10分で読める本の要約をお届けしているサービス「flier(フライヤー)」(https://www.flierinc.com/)。
こちらで紹介している本の中から、特にワンランク上のビジネスパーソンを目指す方に読んでほしい一冊を、CEOの大賀康史がチョイスします。
今回、紹介するのは『ベンチャーキャピタル全史』(トム・ニコラス 著、鈴木 立哉 訳、新潮社)。この本がビジネスパーソンにとってどう重要なのか。何を学ぶべきなのか。詳細に解説する。
日本とアメリカで異なる“産業育成”
アメリカにおけるベンチャーキャピタルをイメージする前に、日本の銀行に触れておきましょう。
日本では様々な金融機関が国家の経済をになう産業を支えてきました。その代表的な存在の一つとして、日本興業銀行(現みずほ銀行)があります。
その本社は軍艦ビルとも呼ばれ、日本の産業を引っ張っていくのだという意思が込められていたと言います。旧帝大のエリートがこぞって入行した、日本における象徴的な金融機関の1つでした。
日本では国や財閥が先導して産業を広げていきましたが、アメリカではリスクテイクをいとわない起業家によるところが大きかったようです。
今、アメリカおよび世界を代表するITプラットフォーマーは、多くがシリコンバレーの地に拠点を構えるベンチャーキャピタルに育まれたと言っても過言ではありません。
潤沢なリスクマネー、優秀な起業家を育てる教育機関、温暖な気候、スタートアップのプロダクトを進んで使う企業側のマインドセット、成功者をリスペクトするメディアの姿勢など、挙げればきりがないほどアメリカと日本の起業環境は異なっていて、彼我の差に愕然とします。
一方で、そのようなアメリカのスタートアップエコシステムも一朝一夕に完成したものではありません。長い期間をかけて成功と失敗を繰り返して、今の状態にまで至っているのです。
アメリカ経済の強さの背景とこれからの我々が向かう方向性を見極めるうえで、アメリカの産業育成のカギを握ってきたベンチャーキャピタルについて詳しく知ることは有効でしょう。その歴史を壮大なスケールで語ったのが、本書『ベンチャーキャピタル全史』です。
捕鯨産業とベンチャーキャピタルの類似性
本書の内容に入る前に、ベンチャーキャピタルについて補足します。ベンチャーキャピタルには大きく2つのプレーヤーが登場します。
GP(ジェネラル・パートナー)とLP(リミテッド・パートナー)です。
GPはファンドの管理運営者を表しています。投資先を探し、投資判断を行う主体者になります。投資先が主に上場するか、M&Aをして、株式を売却する機会を得ることをエグジットと呼びます。
GPは有望な企業に投資をして、その企業の価値が高まったタイミングでエグジットする、という役割のかじ取り役になります。
GPも一部の資金を拠出することが多いものの、主な資金の出し手はLPが担います。元々は大富豪がなることが多かったのですが、次第に資金のある事業会社もLPとして参加するようになりました。
過去の投資実績を通じて、目利き力や企業の支援力を証明できたGPは人気があり、資金の出し手となるLPを集めやすいといいます。
そのような仕組みで成り立っているベンチャーキャピタルとそのエコシステムは、実は植民地時代のアメリカにおける捕鯨産業と構造が近いと聞くと、驚くのではないでしょうか。
本書の第一章はその捕鯨産業の説明から始まります。いくつか類似点があるもののうち、最も目を引くのは捕鯨航海とベンチャーキャピタルのリターン分布が酷似している、ということです。
本書にはマイナスから大幅なプラスまでおよそ20%刻みで経済的リターンが示されています。一部の投資は年平均リターンが100%を超えていた一方で、‐25%になっているものも存在します。
全体のリターン分布はどちらも-25%から40%でおよそ9割弱の割合になっています。投資という観点からは、ほとんど同じ特性を持っていました。
もう一点の類似点は、登場するプレーヤーのインセンティブです。主な資金の出し手となるLPに相当する出資者、GPに相当する捕鯨エージェント、起業家に相当する船長、社員に相当する乗組員に至るまで、ほぼ同様の構造となっています。
また現代の起業家ほどではないにせよ、船長や乗組員も航海が成功すれば大きなリターンが得られるインセンティブ設計になっています。
このような背景から膨大なリターンを望む出資者や船長が集まり、捕鯨産業が発展しました。そして乱獲により資源量が激減した結果、捕鯨産業は衰退し、次の産業に主役が移っていきました。