
「自分の年齢を考えると猫は迎えられない」。そう心に決めていたのに、目の前に助けを求めるボロボロの猫が現れたらあなたはどうしますか――?
日本は2007年に超高齢社会を迎え、2023年には65歳以上の割合が人口の29%となりました。加えて、一人暮らしの高齢者も増えています。同時に「飼い主亡き後のペットの殺処分」や「高齢者とペットの老々介護」といったペット問題を耳にすることも多くなってきました。
誰しも平等に訪れる「死」。高齢者だけでなく、一人暮らし、持病がある人、若く健康な人も、大切なことは自分に何かあっても愛猫を守る「しくみ」作りをしておくこと。
本稿では飼い主の「もしも」について考え抜いた書籍『私が死んだあとも愛する猫を守る本』から、高齢者とペットの問題に取り組む兵庫県の動物愛護団体「NPO法人C.O.N」の活動をご紹介します。
※本稿は『私が死んだあとも愛する猫を守る本』(日東書院本社)より内容を一部抜粋・編集したものです。
愛護団体が支える高齢者とペットの暮らし
高齢者さんの家を訪ね、猫の食事の準備やトイレ掃除、爪切りやブラッシングなどを代行します。
兵庫県尼崎市のNPO法人C.O.Nは高齢の飼い主を見守る活動を2020年から始めています。体が不自由でペットのお世話が難しくなった高齢者の自宅を定期的に訪問し、ペットの世話を代行したり、フードやトイレ砂などの買い物を代行したりしています。
日頃から飼い主さんとやりとりして健康状態を把握しつつ、もしものときはペットをどうしたいかヒアリング。万一、飼い主が飼い続けられなくなったときには別の愛護団体と連携して猫の緊急保護も行っています。
C.O.Nが支援しているのは身近に頼る人がおらず、経済面でも余裕がない高齢の飼い主さんばかり。周囲とのつながりはほとんどなく、猫とふたりだけで生きている。そんな高齢者さんが多いといいます。
「皆さん、無責任というわけではないんです......。むしろペットをとてもかわいがっていて生きる支えにしている。ペットのほうもとても懐いていて、お互いがお互いを必要としている。なかにはご自身の病気で手術や入院が必要なのに『猫を置いて入院できない』と持病を悪化させている飼い主さんもいます。『その間は私たちが代わりにお世話をするから』と説得して入院してもらうんですが、皆さん、『またあの子と暮らすんや』とリハビリを頑張ってくれます」
そう語るのは理事長の三田さん。飼い主さんが入院中の猫はやはり寂しそうで、スタッフが玄関ドアを開けるたびに待っていた飼い主さんではなくてがっかりしている気がするといいます。一方、飼い主さんが退院して再会できたときの猫はそれは嬉しそう。
長年いっしょに暮らしてきた仲だけの絆を感じるといいます。放っておけば共倒れになるかもしれない高齢者とそのペット。C.O.Nの支援があるからこそ、両者の命が守れています。
C.O.Nがこの活動を始めたきっかけは、ある高齢者の介護を担当するケアマネージャーさんからの相談でした。内容は以下の通り。
「そのおじいさんにとって、14年間いっしょに暮らしてきたキャサリンという猫は家族以上の存在で、もし離ればなれになれば生きる気力も失うと思います。病気のせいで猫の世話も難しくなってきましたが、できる限り長くいっしょにいさせてあげたいのです。そのために力を貸してくれませんか?」
人の介護は介護保険料によって1~3割の自己負担で利用できます。ただし介護員がやってあげられるのはあくまで人の介護のみ。その人がペットの世話ができずに困っていても、法の縛りがあって手助けしてあげることができません。そんな事情からC.O.Nに相談が寄せられたのです。
アパートで一人暮らしする70代男性のMさんは、持病で体じゅうが痛みに襲われていてしゃがむ姿勢を取ることができず、猫のトイレ掃除や水の交換などができなくなっている状態でした。具合の悪いMさんを気遣うように猫のキャサリンは片時もそばを離れません。
C.O.NはMさん宅に通ってキャサリンのお世話支援を始めました。Mさんは体は不自由ながらも冗談をいってスタッフを笑わせるような人柄。ときに体調が悪化して入退院をくり返しつつも、その都度復活してきました。
入院中はキャサリンの写真を看護師さんたちに見せて「アイドル並みやろ」と自慢。「キャサリンといっしょに棺桶に入るんや」。それがMさんの口癖でした。
飼い主のそばを離れないキャサリン。(写真/児玉小枝)
スタッフがMさん宅に通い始めて3年弱。Mさんはこの世を去りました。ケアマネージャーさんは「キャサリンといっしょに棺桶に入るってゆうたやん」と泣きながらMさんの棺にキャサリンの写真を納めました。
キャサリンはいま、C.O.N連携の愛護団体のシェルターにいます。しばらくはとても寂しそうでしたが、穏やかに暮らしているそうです。
キャサリンとMさんからは大事なことを教えてもらったと理事長の三田さんは語ります。
「『ペットは飼い主の責任』なのは間違いありませんが、ときに『ペットは飼い主の責任だから手助けはしない』と同義になってしまいます。それでは救われない犬猫たちがたくさんいます。例えばある80代の女性が飼っている猫は、もともとは自宅の庭で生まれた野良猫です。動物愛護センターに電話したら『殺処分になるかもしれない』といわれて、それはかわいそうとお世話し始めたんです。これを『最期までお世話しないのは無責任』と責められるでしょうか」
たしかに猫との暮らしは予想外に始まることがあります。動物に優しい人ほど、こうした外猫を放っておけません。経済的に余裕がなくても、高齢でも、自分がお世話しなければ死ぬかもしれない。そう考えて命を救った人をだれが責められるでしょう。
社会的弱者である身寄りのない高齢者が、さらに社会的弱者である外猫に手を差し伸べる。それをサポートできる人や場所がもっと必要ではないかと三田さんは語ります。
もちろん、はじめから「愛護団体がなんとかしてくれる」という考えではいけないでしょう。愛護団体がサポートできる範囲は限られていますし、責任ある飼い主として愛猫のために貯金をする、人とのつながりを作るなどできることはやっておくべき。それでも本当にどうにもならないケースのためにこうした愛護団体のセーフティネットがあれば、悲しい事件が起こらずに済みます。
C.O.Nの活動範囲は尼崎市周辺に限られていますが、シンポジウムを開くなど啓発活動も行っています。この活動の波が全国へ広まることを期待しています。
高齢者の介護に携わるケアマネージャーさんやヘルパーさんに渡しているチェックシートとクリアファイル
【特定非営利活動法人C.O.N】
https://cat-operation.net/
【富田園子(とみた そのこ)】
日本動物科学研究所会員。著書に『猫を飼う前に読む本』(誠文堂新光社)、執筆に『ねこほん』(西東社)、『野良猫の拾い方』(大泉書店)、『猫と一緒に生き残る防災BOOK』をはじめとした大人気「ペット防災」シリーズ(日東書院)ほか多数。飼い猫7匹。
https://sonoko-tomita.jimdofree.com/
【磨田薫(とぎた・かおる)】
ペットのための生前対策専門行政書士として「行政書士かおる法務事務所」を開業。里親募集型保護猫×古民家カフェCafe Gatto総支配人。一般社団法人ファミリーアニマル支援協会(FASA)代表理事。ペット信託や生前対策の普及を行っている。動物看護師、愛玩動物飼養管理士、トリマーの経験ももつ。
https://www.fukuoka-animal-gyouseisyoshi.com/