1. PHPオンライン
  2. くらし
  3. 過剰なストレスで突然死?脳のパニックを収める「ひと言」の技術とは

くらし

過剰なストレスで突然死?脳のパニックを収める「ひと言」の技術とは

鈴木祐 (サイエンスジャーナリスト)

2026年07月29日 公開

心臓麻痺の死亡者は世界で年に1700万人、そのうち25%は激しいストレスによるものと考えられているのだそうです。ストレスは身体にどのように影響を及ぼすのでしょうか。現代人が抱える不調には環境と遺伝のミスマッチが深く関係していると語るサイエンスジャーナリストの鈴木祐氏が、そのメカニズムを説き、日々のストレスを防ぐ「応急処置」を紹介します。

※本稿は、鈴木祐著『新版 最高の体調』(クロスメディア・パブリッシング)より一部抜粋・編集したものです。

 

ストレスがかかり続けると、心臓のエンジンがふかしっぱなしになる

ストレスは人を殺します。
ある朝、目を覚ました妻がいつものようにリビングへ行くと、そこにはソファで冷たくなった夫の姿が。あわてて救急車を呼ぶも時すでに遅く、夫は大動脈破裂で早朝には命を落としていたことが明らかになります。解剖や精密検査でも原因はわからず、彼の死は謎のまま処理されることに......。

ここ数年、世界中で似たような悲劇が増えています。その原因は様々ですが、多くの悲劇に共通するポイントは「過剰なストレス」です。
WHOの推計によれば、心臓麻痺の死亡者は世界で年に1700万人。そのうち25%は激しいストレスによるものと考えられ、近年でも被害者の数は増加し続けています。

私たちの心臓は、メンタルに影響されやすい臓器です。気持ちが興奮すれば脈拍と血圧は上昇し、睡眠中やリラックス時には脈拍と血圧が下がります。どちらも人類が進化の過程で獲得してきた生存システムのひとつです。

ところが、精神にストレスがかかった状態だと、心臓のエンジンはふかしっぱなしになり、夜になっても休むヒマがありません。その結果、心臓や血管に過度の負担がかかり、突然死にいたるのです。

 

「仕事の先延ばし」で脳がパニック状態に

たとえば、あなたが締め切りの近い仕事を先延ばしにしていたとしましょう。なんとなくネットで時間をつぶしている間にも頭の隅には仕事のプレッシャーがこびりついており、あなたの感情システムは徐々に「脅威」モードに切り替わっていきます。

ほどなく、脳の原始的なエリア(扁桃体)が騒ぎ始め、内分泌系に対策を取るように指示。これを受けた内分泌系は体の各所にシグナルを送り、アドレナリン、コルチゾール、ACTHといったストレスホルモンを吐き出させます。

これらのホルモンは、いずれも体を戦闘状態にするスイッチです。アドレナリンやACTHが心拍数を上げて外敵の襲撃にも素早く反応できる態勢を整え、コルチゾールは過度の炎症反応で体が動かなくなってしまうのを防ぎます。

このシステムは、原始の社会であればうまく働きました。ライオンやヒョウに襲われたときは瞬時に全身を興奮状態に切り替え、すぐさま逃げるか戦うかのどちらかを選択。事態が終わればストレスホルモンは役目を終え、すみやかに体はもとにもどっていきます。

しかし、仕事を先延ばしにしていると、パニックを起こした脳はコルチゾールを増やすように指示を出し続け、少しずつ私たちの体はストレスホルモンに慣れてしまいます。覚せい剤の常習者に似たような状態です。

いったんこうなると、事態は一気に悪化していきます。本来ならばコルチゾールが免疫システムのバランスをとっていたのに、もはやブレーキは完全に壊れたも同然。暴走した白血球が細胞を傷めつけ、やがて心疾患、肥満、老化の促進といった症状が現れ始めます。最初の小さなストレスがホルモンの連鎖を生み、最後には全身を壊していくわけです。

人体のストレス処理系は、あくまで森やサバンナで出会う緊急の危機に対応するために進化してきたシステムです。短期的に終わる急性のストレスをさばくのは得意ですが、現代の慢性的なストレスに立ち向かうようにはできていません。

果たして、このミスマッチを解決するにはどうすればいいのでしょうか?

一般的に、病気に対処するには、応急処置と根本治療の2種類を使いわける必要があります。たとえば花粉症で鼻水が止まらない場合は、とりあえず短期的には鼻炎薬を飲んで症状をやわらげ、同時に減感作療法などで根気よく体質を改善していかねばなりません。

ストレスも同じです。仕事の失敗や職場の人間関係といった日々のストレスはとりあえず応急処置でしのぎつつ、並行して柔軟なメンタルを長期的に作り上げていく必要があるのです。

 

応急処置的に感情をコントロールする「リアプレイザル」

自分が大勢の前でスピーチをする場面を想像してみましょう。あなたの頭には「セリフを忘れたらどうしよう......」「笑われるかもしれない......」といった思考がうずまき、ほどなく全身にストレス反応が起きます。アドレナリンのせいで心臓は高鳴り、緊張で手が震えだすかもしれません。

こんな状況で、もっとも応急処置の効果が高いのが「リアプレイザル」です。
名前は難しそうですが、やることは簡単。スピーチの直前にストレス反応が起きたら、「楽しくなってきたぞ!」や「興奮してきたぞ!」と自分に言い聞かせるだけです。

ハーバード大学のアリソン・ブルックス氏は、300人を集めた実験で「リアプレイザル」の効果を証明しました。すべての被験者に「スピーチ」「カラオケ」「数学のテスト」などを指示したところ、自分のストレス反応を「楽しくなってきた」とポジティブに解釈したグループは、それぞれ17〜22%も成績が良くなったのです。

ブルックス博士は言います。
「私たちは自分の感情をコントロールし、意図的に影響を与えることができる。自分のストレスをいかに言葉や思考に変換するかで、どんな感情も再構築できるのだ」

たとえば、いきなり道端で知らない人に怒鳴られたとしましょう。普通なら「なんだこいつ!」と頭に血がのぼる場面ですが、一歩引いて「何か悪いことがあったのかもしれない」などと考え直してみるのも「リアプレイザル」の一種です。それだけで、ある程度は感情の波がおさまっていくはずです。

「リアプレイザル」が効くのは、そもそも「緊張」と「興奮」の感覚は、どちらも人体の反応という点では変わらないからです。人前でスピーチをするときでも、会社で昇進が決まったときでも、人間の体は同じように心臓が激しく脈打ち、同じようにコルチゾールが分泌されます。

このとき私たちの体は外部の刺激に態勢を整えただけで、その反応を「緊張」と「興奮」のどちらに解釈するかは脳の判断にゆだねられます。

古代の環境を考えてみれば、当たり前の話です。サバンナで猛獣に襲われたときだろうが、美味そうな獲物を見つけたときだろうが、すぐに行動を起こさねばならない点で両者に変わりはありません。ここで対処のシステムを2つに分けていたら、反応のスピードが遅くなるだけでしょう。

さらに、リアプレイザルは、使えば使うほどあなたをストレスに強くする性質も持っています。
被験者の脳をfMRIで調べたある実験では、嫌な体験をポジティブに解釈しなおした直後から扁桃体の活動が低下し、「リアプレイザル」が上手くなった被験者ほどネガティブな体験に脳がパニックを起こさなくなりました。つまり「リアプレイザル」は感情の筋トレとしても使えるわけです。

ただし、この手法はおもに緊急時に使ってください。いくらストレスの影響は考え方によって変わると言っても、すべてのネガティブな体験をポジティブに解釈できるはずがありません。緊張する場面で冷静な判断をしたいときや、他人のネガティブな感情に飲み込まれそうなときに使うのがおすすめです。

著者紹介

鈴木祐(すずき・ゆう)

サイエンスジャーナリスト

1976年生まれ。慶應義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門家へのインタビューを重ねながら、へルスケア、生産性向上をテーマに書籍や雑誌で執筆。自身のブログ「パレオな男」で心理、健康、化学に関する最新の知見を紹介し続け、月間250万PVを達成。著書に『ヤバい集中力』他多数。

関連記事

アクセスランキングRanking