従業員の幸せが顧客と社会の幸せを生む―米国優良企業が実践する「コア・バリュー経営」
2014年03月17日 公開 2023年01月25日 更新
《『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』 2014年3・4月号Vol.16 [特集]人間大事の経営 より》
実は、効率重視のイメージがある米国企業の中に、従業員の満足を優先して業績を伸ばし、注目を集めているところがあるという。規模や業績の追求より、理念や価値観、企業文化を重視することで、従業員の満足や一体感が高まり、結果として業績につながっている。本稿では、30年以上にわたって日米間のコンサルティングで実績をあげる経営のプロが、米国で行われている「人間大事の経営」についてレポートする。
「人間らしい組織づくり」を模索する米国ビジネス界
2000年代の初頭から、米国では、「『個』を大切にするビジネス」ということが囁かれてきました。インターネットという新しいコミュニケーション・インフラの発展や、ソーシャル・メディアの普及により、一般人の声が不特定多数に伝播し、社会や市場を左右する大きな力を個人が持つようになったことが原因です。
当初は、この「個」とは、会社の外の「個」、つまり顧客を意味するものでした。「いかに『個』のニーズや事情に合わせたサービスを提供するか」という命題に対して、「サービス/コミュニケーション/接点のパーソナライズ」などといったことが論じられてきたのです。しかしやがて、会社の外の「個」だけではなく、会社の中の「個」=従業員の重要性が取り沙汰されるようになってきました。
個々の顧客のニーズや事情を汲み、心の琴線に触れるサービスを提供するためには、その顧客に対峙する個々の従業員の力の活用が必要不可欠であるという認識が、広く芽生えてきたのです。
しかし、それはサービスの現場に限ったことではありません。商品企画や調達、テクノロジー開発においても、その会社の独自性を際立たせるようなアイデアの創出を促すためには、個々の従業員が各自の創造性や率先力をフルに発揮できるような環境をつくることが必須だと考えられるようになってきたというわけです。
今日、米国ビジネス界では、新しい経営のかたちが模索されています。その新しいかたちとは、「人間らしい組織づくり」をテーマとした経営です。
そもそも、企業組織の主要素は「人」なのですが、これまでの経営においては、組織の「人間性」は見落とされ、まるで機械を操作するような管理の仕方がされてきました。代わりに今、求められているのは、組織の構成員一人ひとりに内在する人間ならではの能力を最大活用する組織、そして、その結果、顧客に「人間味」や「愛着」を感じてもらえる組織なのです。
本稿では、「人間らしい組織づくり」に注力して突出している米国企業の事例をご紹介し、新しい時代において、従業員や顧客に愛され、長期的な繁栄を実現していくことを目的とした経営のあり方についてお話ししたいと思います。
快進撃の源は企業文化――ザッポス(Zappos.com, Inc.)
ネバダ州ラスベガスを本拠とする「ザッポス」は、靴やアパレルを取り扱うネット通販の会社です。1999年に設立され、10年足らずで10億ドルを突破、その後3年間で年商をさらに2倍にするなど、めざましい成長を遂げています。その快進撃の源となっているのが、最高経営責任者のトニー・シェイいわく、「企業文化」なのです。
「企業文化」というと、ふわふわとした不明瞭なものと捉えられがちです。また、「企業文化」を戦略として捉える人はあまりいません。しかし、トニー・シェイは、企業文化の構築を経営戦略の柱として考え、ザッポスという会社を育ててきました。近代経営学の父、ピーター・ドラッカーの言葉といわれるものに、「企業文化は戦略を朝飯に食らう(企業文化は戦略に勝る)」というものがありますが、トニー・シェイは、「企業文化を築けば、成果はあとからついてくる」と言っています。裏返せば、「どんなにすぐれた戦略を遂行しようとしても、それにふさわしい文化がなければ無理だ」ということです。
トニー・シェイは、「世界一のサービス・カンパニー」を築くにあたって、「人」が企業にとって最も貴重な財産であると考え、「人=従業員」の力を最大活用することに着目しました。そして、「力」といっても労働力ではなく、感性や創造性、機転といった人間ならではの能力を発揮してもらうことに大いに興味を抱きました。
従来型の組織では、規則や階層に基づく命令系統を設けて個人の仕事を統制しています。したがって階層の下に近づけば近づくほど、意思決定の自由は狭まっていきます。しかし、トニー・シェイは規則をなるべく少なくして、個々の従業員がみずから判断を下し、自由裁量で行動できる組織をつくりたいと思いました。
そこで、企業文化の基盤である「中核となる価値観(コア・バリュー)」を定め、規則や命令の代わりに、「価値観」に基づく行動や発言を徹底して、従業員が自律する組織を志したのです。「価値観」の統一を基盤としたこの新しい経営手法を、私は「コア・バリュー経営」と呼んでいます。
「サービスを通して、WOW(驚嘆)を届けよ」をコア・バリューの第1条に掲げるザッポスは、顧客の心を虜にして離さない常識外れのサービスを提供することで有名です。ザッポスのコンタクト・センター(顧客対応部門)にはマニュアルもスクリプト(台本)もありません。そして、オペレーターは「顧客を満足させるためなら、ほとんど何をしてもかまわない」ほどの裁量権限を与えられているのです。問い合わせ対応の制限時間もなく、顧客の気の済むまで、何時間話していても咎められることはありません。今日までの最高記録は10時間半だそうです。
ザッポスが掲げる「10のコア・バリュー」
1.サービスを通して、WOW(驚嘆)を届けよ
2.変化を受け入れ、その原動力となれ
3.楽しさとちょっと変わったことをクリエイトせよ
4.間違いを恐れず、創造的で、オープン・マインドであれ
5.成長と学びを追求せよ
6.コミュニケーションを通して、オープンで正直な人間関係を構築せよ
7.チーム・家族精神を育てよ
8.限りあるところからより大きな成果を生み出せ
9.情熱と強い意志を持て
10.謙虚であれ
(石塚しのぶ『ザッポスの奇跡 改訂版』廣済堂出版より抜粋)
ザッポスの企業文化を支えるのは、「価値観」ばかりではありません。
☆本サイトの記事は、雑誌掲載記事の冒頭部分を抜粋したものです。以下、「会社は皆のものである――ホール・フーズ・マーケット(Whole Foods Market, Inc.)」「大きくなるより偉大になろう――「スモール・ジャイアンツ」 (“Small Giants”)」「めざすは従業員の、従業員による、従業員のための会社」などの内容が続きます。記事全文につきましては、下記本誌をご覧ください。(WEB編集担当)
<掲載誌紹介>
2014年3・4月号 Vol.16
3・4月号の特集は「人間大事の経営」。
松下幸之助は生前、人を何よりも大事にし、社員を育て上げていくことに全力を注いだ。「ものをつくる前に人をつくる」という考え方は、人間大事の経営をすすめた松下の特徴の一つである。また、取引先との共存共栄に腐心したのも、人間大事の一つのあらわれといえよう。
本特集では、国籍・経営規模・業界を問わず、現代において「人間大事の経営」を追求している経営者たちそれぞれのアプローチを紹介する。
そのほか、人気モデル押切もえさんが松下幸之助について語るインタビューは見どころ。今回から始まる新連載「家電ブラザーズ――小説・井植歳男と松下幸之助」も、ぜひお読みいただきたい。