甘え方を知らない人がうつ病になる
このようにうつ病は世界的にもかなりありふれた病気だが、不幸なことに、日本では「心の弱い人がかかる病気」「精神力が弱い証拠」などという偏見が払拭されずにここまできてしまった。
では「心が強い」とは、いったい何を意味するのだろうか。
多くの人は半沢直樹のような「困難に打ち勝つ意志の力」や、「プレッシャーに負けない精神力」を持った人を、「心が強い人」とイメージしているのではないか。
逆境においても、ひるんだりめげたりせずに目的を完遂できる人や、アグレッシブに修羅場をくぐり抜けるような人、少ない睡眠でもバリバリ働ける人なども、その範疇に入りそうだ。叱責や苦情にもめげない「打たれ強さ」も重視されるだろう。
オリンピックで重圧をはねのけて金メダルを取るような選手や、サッカーの「決めればワールドカップ出場、はずせば出られない」といった場面でも、しっかりとシュートを決められる選手などは「メンタルが強い!」と賞賛されるに違いない。
しかし、どんなにアグレッシブでタフに見えても、40歳や50歳でポキンと折れてしまうのでは、「心が強い」とはとても言えない。
スポーツ選手の場合、うつ病になりやすくなる40代~50代には、通常、現役を引退しているため、いつまでも修羅場に強いイメージが残る。
しかし、ビジネスマンは65歳の定年まで現役として働かないといけない。もちろん退職後の人生も長い。今のご時世では退職に追い込まれると生活基盤を失いかねないから、非常に危険である。
少なくとも現代では、心の強さを「修羅場に強い」とか「睡眠時間がとれなくても平気で頑張れる」といったモデルで想定することはできない。こうした体力自慢の男性的な「心が強いモデル」は旧来型なのだ。
精神的にマッチョな人間は、他人には攻撃的でも、自分自身が打たれ強いわけではない。むしろ、自分自身の弱さを他人に見せないために、わざと攻撃的に振る舞っている場合も多い。それでは本当の心の強さとはいえない。
それよりも、見た目にはそれほど強くなさそうでも、困ったときには助けてくれる友人や家族がいる人のほうが、いざとなれば周囲から助けてもらえるということを知っており、ずっと生き延びていける。
あるいは、甘え方を知らない人こそがうつ病になりやすいと言ってもいいだろう。
だからこそ私は、「打たれ強い人」や「心が強い人」とは、「打たれたときに誰かに頼れる人」「修羅場でも生き延びる方法を知っている人」なのだと主張したいのだ。間違っても「打たれても平気な人」「修羅場でもアグレッシブな人」ではないのである。
うつ病に対する正しい知識を
さきにも述べたように「心の強い人」の条件は、「他人に頼ることができる」ことと、「メンタルに関する知識をもっている」ことである。基本的にはうつ病に関して、ある程度の知識をもっておくことが大切だ。
しばしば「うつ病は心の風邪」という言い方をされる。それくらい「よくある病気」という意味だが、症状などで似ている点も多い。
たとえば、風邪で熱が出たときのような体の異様なだるさはうつ病の特徴である。3~4日で治る風邪と違い、長く続くうつ病は、かなりつらい病気なのだ。
また風邪をこじらせて肺炎になると命に関わってくるように、うつ病も悪化すると自殺につながるケースもある。風邪と同様に、軽く見ていると重い結果になりうるところも類似している。
しかし風邪と大きく異なる点は、自然治癒が期待できないことだ。風邪ならば、医者にかからず薬を飲まなくとも、週末にたっぷり寝ていれば治ることもあるが、うつ病はそういうわけにはいかない。適切に医者にかからなければ、自然に寝ていて治るということはないのだ。
現在、うつ病は「心の病気」ではなく「脳の病気」だという考え方が主流になっている。それも、最近までは脳内の神経伝達物質の不足によるものと考えられてきたのが、神経伝達物質の低下の影響で脳の神経細胞にダメージが及んでいる状態だとする説が有力となってきた。
したがって、うつ病は「気の持ち方」次第で治るような、一時の落ち込んだ状態とは異なり、医学的な治療が必要な疾患なのである。だからこそ早期発見、早期治療が重要だ。もし、うつ病になったら、軽いうちに治すことが大切となる。
軽い抑うつ状態のうちに治して、完全なうつ病になるまで悪化させないようにすれば、「人生全体のリスク」を下げることができるのである。
ストレスの多い現代の日本では、こうしたことを知っているのと知らないのとでは、人生そのものが大きく変わってしまう。うつ病に対する正しい知識も、現代を生き延びるための「心の強さ」に欠かせない要素と言えるだろう。