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乃木希典は戦下手ではない! 「旅順即肉弾」という誤解が生まれた理由

桑原嶽

2016年06月29日 公開 2016年09月05日 更新

 

なぜ旅順攻撃への誤解が生まれたのか

 ところで、このような旅順陥落の政戦両略上の意義は極めて大であり、何人もこれを否定しないであろうが、戦術面の評価となると、戦前からあまりパッとしなかったのも事実である。

 一言にしていえば、旅順の攻撃は終始同じパターンの正面攻撃を繰り返し、多くの無用の損害を出したということであり、その原因を、乃木をはじめとする第三軍首脳の頭脳の貧困にありとする評価である。

 しかし、これが全くの誤りであることは、これまで縷々述べてきたとおりである。

 では、なぜ、こんな評価が生まれたのだろうか。

 その第一は、折々ふれてきたように、日露戦争後の陸大戦史教育の誤りに起因すると思うが、その他にも次のような点も考えられる。

 日露戦争後、政府および軍は、日本軍人というより、日本人はすべて先天的に武勇にすぐれた勇猛果敢な民族であるという観念を徹底的に国民に叩き込もうとしたのではないだろうか。

 これは国民皆兵の徴兵制度を採用するわが国の施策としては当然のことと思うが、その教材として日露戦争における、わが将兵の忠勇美談が大いに活用されたのである。

 この施策は見事に成功し、日本人は知らず知らずのうちに必勝不敗の精神が培われ、骨の髄までしみこんだのである。

 旅順の戦例とて例外ではない。旅順が遠くから射つ砲兵の射撃や、ごそごそ穴を掘って爆薬を仕かける爆破作業で落ちたなどといっては面白くない。

 やはり弾丸雨飛の中をものともせず、戦友の屍の山を乗り越え、銃剣をかざして敵陣地に突入するものでなければ、忠勇美談として講談や浪花節の材料にはならない。

 そこへ、日露戦争後発表された桜井忠温中尉著の『肉弾』がベストセラーとして拍車をかけ、旅順即肉弾という観念が国民の中に深く定着してしまった。

 桜井中尉の『肉弾』の内容は、彼が負傷した第一回の総攻撃までで、旅順の前哨戦である前進陣地の攻撃が主で、旅順本要塞の攻撃についてはほとんどふれていないのに、題名だけが先走りしてしまった感がないでもない。

 それはともかく、この肉弾という言葉が、国民を大いに奮い起こさせ、肉弾攻撃を当然のものとして受けいれていたのである。

 ところが大東亜戦争後、国民の価値観が百八十度転換してしまうと、何であんな無茶な、馬鹿なことをしたのかということに変わってしまう。

 ベトンの要塞に肉弾をぶつけるとは何事か、人命軽視、無策も甚しいということになり、そんなことをやらせた乃木は怪しからぬ、無能ということになる。

 乃木にとってもまことに迷惑千万な話である。

 旅順の第三軍の損害が大きかったことは事実だが、後の第一次、第二次大戦の消耗に比べれば問題にならない。日露戦争が近代戦の前ぶれであるとすれば、あのくらいの損害数は当然の数字といえよう。

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