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就職が人生を全うすることなのか? 養老孟司が社会から外れている人に注目する理由

養老孟司(解剖学者)

2018年06月21日 公開 2022年08月08日 更新

現代社会から「外れている」人に注目する理由

就職状況がいいということは、いいことでもあり、具合の悪いことでもある。

なぜなら就職とは、既成の社会組織に組み込まれることを意味するからである。
その社会に大きな目で見て問題があるとすると、個人はどうすればいいのか。戦前の日本がいわゆる軍国主義に走ろうとしていたとき、国民は何をどう考えればよかったのか。

メディアの報道を見ればわかる。メディアの人たちも、典型的に社会に組み込まれている。だから結局はその常識で記事を書く。そのことは、戦前の新聞に目を通せば、まさに一目瞭然である。

現代なら、就職状況はいい、保育園の待機児童は多い。そういう類いの記事になる。

では就職は人生を全うすることであろうか。先に挙げた私の身近な人たちはどうか。保育園の待機児童については、常に思う。理想的な保育園ができたとして、その時に親はいったい何をするのか。

私は言いがかりをつけているのではない。保育園の理事長も三十年以上はやった。そこで感じるのは、子育ての問題に現代人は本気のようで本気ではない、ということである。

待機児童の存在自体が問題だ。報道を見ている限り、そう思ってしまいかねない。少なくとも政治家は、頭の中では、そう切って捨てているはずである。
切って捨てられているもの、それは何か。子ども自身の、子どもとしての人生であろう。

結局は万事、親の都合だからである。子どもに投票権はない。子どもは大人になることを前提として扱われている。そういう存在でしかない。世間から子ども自体としての価値が消えた。そういってもいい。だからそれを補っているのがペットである。

少子化になるのも、無理はない。どこをどう見ても、そう思えて仕方がない。ローマ人は大帝国を築いた。しかしやがてラテン語を話す人たちは消えた。おそらく古代ローマは現代日本と似たようなものだったのであろう。

既成社会はどこに向かおうとしているのか。

現在の日本人の常識を変えず、生き方を変えないで、そのまま経過すると、日本社会は消える。
どこかでまた人が増え出すというのが、大方の意見である。そうかもしれないが、そうでないかもしれない。

就職率がよく、したがって多くの若者が就職する。ということは、既成社会がさらに続くことを意味する。つまり長い目で見ると、日本人が消えることを意味するのではないか。

だから私は、現代社会からいわば外れている人たちに注目する。

先に挙げたような人たちを見ていると、それが悪いとは思えない。むしろ世間から外れて当然ではないか、という気がしてくる。むろん困ったふうに外れている人もいる。それはいつでもあることである。だから外れろということではない。

 

※本記事は、養老孟司著『半分生きて、半分死んでいる 』(PHP新書)より一部を抜粋編集したものです。

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