歌人・穂村弘「革ジャンを貸した。傷だらけで僕に返してきた。その友だちに憧れる」
2018年06月26日 公開 2022年08月16日 更新
「コスパ」の外にあるものはセクシー
(穂村)さっきも使ったけど「コストパフォーマンス」という言葉がこんなに言われるようになったのって、わりと最近でしょう。
──コストパフォーマンスと言うときの「コスト」ってものが、すごく限定されて考えられているように思います。
(穂村)ひどく狭い、経済的で即物的なことだよね。友達に貸した革ジャンが傷つけられて返ってきたら、コスパ(?)で見れば最悪なんだけど、そうじゃないじゃん。
──もっとこう、得たものがあるわけですよね。
(穂村)何かあるよね。丸山健二の『風の、徒労の使者』って本があるんだけど、すごいかっこいいタイトルだなって。
徒労って「コストパフォーマンス最悪」って意味だから。徒労を我々は恐れるじゃん。自らを「徒労の使者」と名乗るって、なんというセクシー度の高さ。僕がよく紹介する短歌で、
雨だから迎えに来てって言ったのに傘も差さず裸足で来やがって 盛田志保子
というのがあるんだけど。これはかなり徒労の使者の輝きに満ちているよね。「雨だから迎えに来て」と言って、来たんだから、約束は果たされてるわけ。「傘持ってきて」とは言ってないから。空気読めとか、もはやそういうレベルでもないですよね。
その空気読めなさのセクシー度、これはたまらんでしょう。そして約束だけが守られて、ふたりでずぶ濡れになって帰っていく、そんな日が人生に一度でもあったなら生きていける、みたいな。
──アクシデントですよね。めちゃくちゃアクシデント。
(穂村)わかるだろう普通、とも思うけど、だからときめくし、実際に毎回それをやられたら、こういうときは傘持ってくるんだよってなるんだろうけど、この短歌で描かれている世界はすごく魅力がありますよね。