桂歌丸師匠の最後の演目 「小間物屋政談」を語る
2018年07月27日 公開 2020年02月07日 更新
擦り切れるほどテープを聞きました
……圓生師匠にはかわいがって頂きました。「笑点」の収録の時に花魁の歩き方を教えて頂いたり、あたしの真打披露パーティで師匠がご挨拶をくださったり、忘れられない思い出がありますね。
そんなわけで、圓生師匠のテープは本当に擦り切れるまで聞いています。直接の稽古はなかったけれど、あたくしがよく高座にかける『栗橋宿』も圓生師匠から教えて頂いた、そんな思いでいます。
この『小間物屋政談』は圓生師匠の型を踏襲して、サゲも「背負うには及ばんぞ」で終わらせています。お時とおよし、二人の女性をうまく演じ分けたい作品です。
久しぶりの高座では楽さんと楽屋で一緒に
……体調のことではご心配をおかけしますが、先日は久々に国立演芸場の高座に上がり、この本(『芸は人なり、人生は笑いあり』)にも収めた『小間物屋政談』をかけました。初演は一九八〇年ですから、もう四〇年近くこの噺をご披露しているわけで、感慨深く思います。
久しぶりの高座だったこともあり、あたくしにはひとつ心配事がありました。それは、自分の声がどの程度届いているか、舞台の一番向こうのお客様まで噺がちゃんと聞こえているかということです。
当日の会場は満員御礼、初日はついつい声を張りすぎて、くたびれたのなんのって。
終わって正直、しんどかったですね。息が吸えない、酸素がないというのはお金がないときよりよほど苦しい。
でも悪いのはあたくしじゃありません。みんな、楽さん(円楽)が悪いんです。
世間では人生一〇〇年というそうですが、あたくしは以前から「八十歳が折り返し」と公言していて、もっと人生は長いもんだと思ってました。弟子たちからは「師匠、あと八十年も生きるおつもりですか」と呆れられますが、まだまだ覚えたい落語があるんです。
高座に上がる時は、いつでも真剣勝負。芸を磨き、人生を磨き、落語の神様にご恩返しをする。次は高座でお目にかかりましょう。
※本記事は桂歌丸著『芸は人なり、人生は笑いありーー歌丸ばなし2』(ポプラ社刊)より一部を抜粋編集したものです。(ポプラ社提供)