見えない環境で起きている恐ろしいこと
現代で、誰が封建的因襲関係を大声で主張するだろうか。皆、愛をとなえ、民主主義をとなえて、その実、封建的搾取をおこなうのではなかろうか。
ルネッサンス以来の経済的発展の特色である競争的個人主義は、人々を結合させることはできないという。その結果、いろいろの社会の病理が生じたことも確かである。
人々を結合させるものは、共通目的への奉仕というきずなである。しかし、このように人々を結合させる共通目的への奉仕というきずなこそ、欺瞞(ぎまん)を可能にすることを忘れてはならない。そして、この欺瞞によって、より多くの人が病んでいったということも決して忘れてはならない。
共同体の欠如は、心の病いの原因である。しかし、共同体の大切さを説く欺瞞の中に、さらに多くの人を心の病いに追いこむ原因があることを忘れてはならない。
ある患者の生後18ケ月の時、母親が死んだ。それを患者の姉達は、あなたのせいだといって責めた。「あなたがいなかったら、お母さんはまだここにいたのよ」といったという。こんなに幼くして、こんな責め方をされて、心が病まないということがあろうか。
これは、戦時における殺人以上に罪ではなかろうか。愛と平和と自由の名のもとに人を殺すのは、戦争の時だけではない。
今、平和な日本におこなわれている精神的殺戮は、戦争中の殺戮のように外から見えるものではなく、外からは見えない家族というような小集団の内部でおこなわれている。しかも、「愛」という理想の鉄壁に守られて。
【著者紹介】加藤諦三(かとう・たいぞう)
1938年、東京生まれ。東京大学教養学部教養学科を経て、同大学院社会学研究科修士課程を修了。1973年以来、度々、ハーヴァード大学研究員を務める。現在、早稲田大学名誉教授、日本精神衛生学会顧問、ニッポン放送系列ラジオ番組「テレフォン人生相談」は半世紀ものあいだレギュラーパーソナリティを務める。