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心理学者が説く「言った言わない問題」に隠された思考のクセ

榎本博明(心理学博士)

2022年12月26日 公開 2024年12月16日 更新

 

事前情報でも記憶が歪む

ビジネスにおいて信頼を得るためには、第一印象が大事だといわれ、私も印象マネジメントの研修を依頼されることがある。

私自身、若い頃から見た目を飾るのは嫌いだし、中身をわかってくれる人と深くつきあえればよいのだからと、印象マネジメントなど考えもしなかった。しかし、心理学を専門に研究をするようになって、人がいかに見た目で相手を判断しているかを知って愕然とした。

きちんとした服装の人が信号無視をすると、つられていっしょに信号を無視して渡る人が多い。ところが、だらしない服装の人にはつられない。

きちんとした服装の人が忘れ物をした場合のほうが、だらしない服装の人が忘れ物をした場合よりも、返してもらえる確率が高い。だらしない格好だと、ほんとうにあなたが忘れたのかと疑われるようだ。

考えてみれば、中身というのは、よほど知り合わないかぎりわからないものだ。初対面でわかるのは見た目だけである。だからこそ第一印象が大切なのだろう。

第一印象というと、最初に会ったときにつくられるものと思われている。ところが、そうではないことを示す面白い心理実験があるのだ。

臨時講師のプロフィールを書いた紙を配る。講師はすでにドアの外で待機しているので、聞こえるといけないから、黙読してすぐしまうように指示した。

そして講師が入室し、講義を行い、質疑応答の時間をとってから、退室した。そこに実験者が戻ってきて、

「さっきの講師の印象を記入してください」と言って、形容詞のチェックリストを配る。

じつは、はじめに配られたプロフィール文は2種類あった。2種類といっても、経歴や現在の肩書き、年齢、既婚であることなどの情報はすべて共通で、人柄をあらわす4つの形容詞のうちの1つが違うだけだった。

つまり、一方で「とても温かい」となっている部分が、他方では「どちらかというと冷たい」となっているだけで、あとはまったく同じものだったのである。

結果は、非常に興味深いものだった。「温かい」という事前情報を得た人たちと、「冷たい」という事前情報を得た人たちとでは、講師に対する印象がまったく違っていたのだ。

他人を思いやる、形式ばらない、社交的、人気がある、ユーモアがあるといった評価項目で大きな差がつき、「温かい」という事前情報を得ていた人たちのほうがすべてにおいて肯定的に評価していた。

同じ講師からいっしょに講義を受けながら、事前情報が違うだけで、記憶に刻まれたその講師に対する印象がまったく違ったのである。

この場合の印象は、初対面の時点で形成されたのではなく、会う前の事前情報によってつくられたものと言わざるを得ない。

となると、第一印象が大切なだけでなく、会う前に相手の耳に入る事前情報も疎かにできないということになる。会えばわかってもらえるかというと、どうもそうではないようだ。

事前に否定的な評判が相手に伝わっていると、すでに会う前から悪い人物像が相手の中につくられているため、正当に評価してもらうことは期待できない。

肯定的な評判を伝えてくれる人がいればよいが、否定的情報が伝わっていそうな場合は、誤解されそうな発言は慎重に避けて、信頼につながる言動を心がけるしかない。

逆の立場に立った場合、たとえば新しく赴任してきた人の評判が芳しくないときなど、その評判に引きずられて、その人そのものを正当に評価できなくなりがちだ。

それではせっかくの出会いの機会も台無しなので、事前情報は棚上げして、自分の目で判断する習慣をつけたいものである。

否定的な視線にはいい加減な態度で、信頼の視線には誠実な態度で応えようとするのが、人間の一般的な習性である。

記憶のスレ違いを防ぐためにも、人間関係を良くするためにも、自分の記憶をうまく使いこなすことが欠かせない。

 

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