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即断即決は変化の時代に逆効果?イノベーションを生む人の「遅い思考」とは

牧兼充(早稲田大学ビジネススクール准教授)

2023年03月29日 公開 2024年12月16日 更新

 

「デザイン思考」の本質も科学的思考法

イノベーションを生み出すプロセスとして、日本のビジネスシーンでも浸透しつつあるのが「デザイン思考」です。

これは科学的思考法とも共通項の多い思考法ですが、日本ではその本質を理解しないまま導入している企業が多く見られます。「ユーザーにインタビューをして、プロトタイプを作ることがデザイン思考である」といった誤解もよくあります。

ユーザーを観察することでニーズを探る定性分析を中心としたデザイン思考の手法は、従来から行われてきたマーケットリサーチなどの定量分析とは対極にあり、日本企業にとって目新しかったのでしょう。

なかなかイノベーションを生み出せない閉塞感を打ち破るため、新規事業創出のプロセスの改善手法として取り入れる企業が増えたものの、うまくいかないケースも少なくありません。

そもそもスタンフォード大学の「d.school」が提唱するデザイン思考は、「(1)観察・共感」「(2)問題定義」「(3)アイデア創出」「(4)プロトタイピング」「(5)検証」の5つのステップを経て行われます。

このプロセスを実践することにより、今までとは異なる顧客ニーズを発見することが可能になります。

では、このデザイン思考は、どういう点で科学的思考法に近いのでしょうか。それは、デザイン思考の本質を理解すれば納得がいくでしょう。

◎デザイン思考は、仮説検証のための手法である
ユーザーの観察は仮説を立てるために行うものであり、プロトタイプを作るのは検証の精度を上げるためです。
プロトタイプを作ることが目的化しているケースも多いのですが、仮説のないプロトタイプに価値はありません。仮説があるから、ユーザーにプロトタイプを使ってもらった時に、それが成功か失敗かを判断できます。

◎失敗を重視する
これはまさに前項で紹介した「行動による創造アプローチ」と同じです。適切な仮説を立ててプロトタイプを検証した結果、仮説が棄却されれば(これを「失敗」と呼ぶ)、次の仮説を立てることができるので、イノベーションを創出できる確率が上がります。

◎失敗はプロセスの前半で行うことが重要
プロセスの前半で失敗すれば、コストが低い段階で軌道修正できます。早い段階でたくさん失敗すれば、プロトタイプの質がどんどん向上し、イノベーションの成功の確度を高めます。

◎デザイン思考はブレインストーミングの手法ではない
誤解している人も多いのですが、デザイン思考はブレインストーミングの手法ではなく、あくまでイノベーションを生み出すプロセスです。
ある部署がアイデア出しをするためだけに使うことに価値はなく、失敗を前提とした仮説検証と、たくさん失敗すること(=多産多死)を目指して質より量を評価する指標と組み合わせることによって、初めてデザイン思考が企業で活かされます。

こうした本質を理解しなければ、デザイン思考をイノベーションの創出につなげることはできません。

特に重要なのが、質の高い仮説検証を実現することです。そして、失敗をネガティブなものではなく、学習プロセスとして位置づけなければ、デザイン思考を表面的になぞるだけで終わってしまいます。

科学的思考法を理解していれば、デザイン思考の本質も理解しやすくなります。イノベーション創出の手法として紹介されるものは様々ありますが、科学的思考法さえ身につけていれば、その有効性を見極めた上で、本質を捉えた活用が可能になります。

 

イノベーションを加速させる思考法

科学的思考法を習得すれば、本当にイノベーション創出のパフォーマンスが上がるのか。

このことについて、まさに科学的な検証を行った研究論文があるので紹介しましょう(Camuffo, Arnaldo, et al. 2020 “A Scientific Approach to Entrepreneurial Decision Making: Evidence from a randomized control trial.” Management Science 66.2: 564-586.)。

論文のテーマは「科学的な意思決定はアントレプレナーにとって効果的か?」で、イタリアで仮説検証が行われました。

スタートアップ企業の成長を支援するアクセラレータープログラムに参加した起業家を、ランダムに(無作為に)2つのグループに分けます。

そして、一方には一般的なビジネスプランの作成の手法のみを教え、もう一方には、一般的なビジネスプランの作成手法に加えて、科学的な意思決定に必要となる仮説検証の手法を教えました。

その結果、科学的な意思決定の手法を教えたグループ(後者)は、教えていないグループ(前者)に比べて、「収益」「撤退」「事業転換」が増加しました。これは新事業創造(=イノベーション)の成功確率が上がったことを示しています。

「撤退や事業転換が増えたことは、成功確率が上がったとは言えないのでは?」と思うかもしれませんが、新しい事業で成功を目指すなら、見込みのないプロジェクトはできるだけ早くやめることが重要です。

科学的思考法を学んだ人は、仮説検証によって、事業をやめるべきかどうかを判断できるので、早い段階で撤退や事業転換を決断し、次の会社や事業を立ち上げることができます。

つまり、撤退や事業転換は先ほど説明した「仮説の棄却」に当たるものであり、たくさん失敗を繰り返すことで、イノベーションを生み出す確率が上がっていくのです。

一方で、科学的思考法を学んでいない人は、当初の計画通りにいくようにやり直すだけで、やめるという判断ができず、成功の見込みがない事業に無駄なリソースを投じ続けることになります。

この論文では、科学的な意思決定の手法を教えたグループは、収益が出るまでの期間が短くなり、かつ事業転換した場合にも、収益に結びつくまでの期間が短くなるとの結果が出ています。

早く失敗すれば、結果的に、成功するまでのスピードが上がります。イノベーションを加速させるためにも、科学的思考法を学ぶことが重要なのです。

 

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