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即断即決は変化の時代に逆効果?イノベーションを生む人の「遅い思考」とは

牧兼充(早稲田大学ビジネススクール准教授)

2023年03月29日 公開

即断即決は変化の時代に逆効果?イノベーションを生む人の「遅い思考」とは

業界大手のB社がこのITシステムを導入したら、現場の業務コストが3割削減された。だから当社も同じシステムを導入しよう――。

こうした他社の成功事例に基づいた意思決定の多くが失敗に終わるのは何故でしょうか?日米のビジネススクールで教鞭をとる牧兼充氏は「何が原因となって、どんな結果が生じるのか」という因果関係を推論するスキルが重要と指摘します。

意思決定の質を高め、イノベーションを起こすために必要となる「科学的思考法」について解説します。

※本稿は、牧兼充著『科学的思考トレーニング』(PHPビジネス新書)より、一部抜粋・編集したものです。

 

「論理的=科学的」とは限らない

ビジネスの意思決定においては、次のようなステートメントがよく述べられます。

「このプラットフォーム上に広告を出すと、他のプラットフォーム上に出すのと比べて、クリック数が2倍になります」

皆さんも会議や商談の場で、こうした文言を日々見聞きしているはずです。

「このプラットフォーム上に広告を出せばクリック数が2倍になる。なぜなら、過去に広告を出した企業はクリック数が2倍になったからだ」というのは、ロジックとしては成り立つので、論理的思考に基づいた正しい考え方だと思うかもしれません。

しかし、そこにバイアスはかかっていないのか、単なる相関関係ではなく本当に因果関係があると言えるのか、といった検証がなされない限り、これらはすべて怪しい話でしかありません。

怪しいステートメントが氾濫する中、「どれが正しくて、どれが間違っているのか」を判断するためにも、科学的思考法が必要です。

前提が間違っていても、論理的思考によってロジックを立てることはできます。しかし、そもそも前提が正しくなければ、ロジックによって導き出される結論は誤ったものになります。

ですから、ビジネスにおける意思決定はロジカルであるだけでは不十分です。「論理的だが、科学的ではない思考」に依存した意思決定は質の低いものにならざるを得ません。

 

変化が激しい時代こそ「遅い思考」を鍛える

なぜ科学的思考法が意思決定の質を高めるのかについて、行動経済学の見地からも解説を加えておきます。

ノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者のダニエル・カーネマンは、人間が意思決定する方法には「システム1」と「システム2」の2通りがあるとしています。

システム1は、直感的な速い思考です。このシステムは高速かつ自動的に働き、考える上での努力はほぼ不要。印象をすぐに感じ取ったり、連想したりして、判断するシステムです。ただし、バイアスがかかります。

システム2は、より科学的で遅い思考です。システム1に比べて、使うには注意力が必要で、科学的思考法や統計的思考法も必要です。科学的思考法や統計的思考法を磨いている人ほど、深い思考が可能となります。

人間はこの2つを無意識に使い分けていますが、一日に行う意思決定の大半はシステム1で処理されます。

システム2は時間がかかるので、「歯ブラシに歯磨き粉をどれくらいつけるか」といったことまでいちいち深く考えていたら、まともに日常生活を送れないからです。

これは同時に、人間の意思決定の多くはシステム1に依存していることを意味します。システム1のデメリットは、前述の通り、バイアスがかかることです。

日常生活の些細なことなら判断の結果に偏りが生じても大した問題はありませんが、ビジネスの重要な意思決定においてバイアスがかかれば、最悪の結果を招きかねません。

人間の判断はバイアスだらけです。人間は環境に適応するために必要な能力を進化させてきました。人間が狩猟生活を送っていた頃は、瞬時に判断する速い思考が生き延びるために必要なスキルだったのでしょう。

しかし、環境変化が激しく、複雑化した現代社会においては、バイアスだらけの速い思考だけでは適切に判断できない場面が増えています。

つまり、今の時代に必要なスキルと、人間が生存のために進化させてきたスキルに、不一致が生じているのです。科学的思考法は、このギャップを埋める有効な手段となります。

人間の認知バイアスを排除し、エビデンスに基づいて判断するのが科学的思考法です。つまり、科学的思考法を鍛えるということは、システム2を鍛えるということでもあるのです。

なお、実務家によくある「経験と勘に基づく判断」もシステム1です。「過去にうまくいったから今回もうまくいく」といった判断は、直感的なものでしかありません。

経験値が高まることによって、システム1の精度も高まっていくと考えられるので、経験豊富な実務家であれば、直感的な判断のレベルもそれなりに上がっていくのは確かでしょう。ただし、あくまでバイアスがかかった判断であることに変わりはありません。

システム1だけに依存していると、誰もが冒頭で紹介した医者の喩え話と同じ過ちをおかす危険性があります。

今の時代にビジネスの意思決定に関わる者であれば、誰もが科学的思考法を身につけ、必要な場面でシステム2をより有効に使えるようにすることが必要です。

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「デザイン思考」の本質も科学的思考法

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