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医師が解説する「60代からの脂質制限」が体に及ぼす悪影響

和田秀樹(精神科医)

2023年08月11日 公開 2024年12月16日 更新

 

「足し算」をするには栄養学が大切

食事や栄養素が生物の体のなかでどのように働くのか、それが健康にどう影響するのかを研究する学問が「栄養学」です。

医学が病気の診断や治療に重点を置いており、医師による食事の指導は、健康の維持というよりも、病気の治療と予防ばかりに目が向きがちです。医学部で栄養学をほとんど教えていないという問題もありますが、そもそも権威主義的な医師の世界では、栄養学を軽視する風潮があるのも事実です。

「脚気論争」も、細菌から治療へとアプローチしたい陸軍軍医、森林太郎の一派と、イギリス海軍に脚気患者がいない事実をもとに、栄養学からアプローチした高木兼寛の一派の争いでもありました。

結局、高木の主張したとおり、食生活の改善によって海軍では脚気患者がいなくなりました。栄養学からのアドバイスは、健康の維持のみならず、しばしば病気の治療と予防にも有効です。

ですから、なんとなく具合が悪いことの多い高齢者の場合、悪いところをピンポイントで治す医学よりも、日常生活のなかで健康を増進していく栄養学の知見をもっと取り入れていくことが賢い行動だと思います。

海外に目を向けると、こんな事例があります。一時期、「フレンチパラドックス」が話題になりました。欧米では人口10万人あたり150〜200人くらいの男性が心筋梗塞で死亡していたので、コレステロール値が高い国は心筋梗塞も多いとされてきたのです。

ですが、同じくらい肉を食べているフランス、イタリア、スペイン、ポルトガルといった南欧の国々では、心筋梗塞による死亡が目立って少なかったのです。その理由は、ワインに含まれるポリフェノールなどの抗酸化物質と考えられました。

ところが、心筋梗塞による死亡率がもっと低い国がありました。それが日本と韓国なので、赤ワインではなくて、肉と魚の両方を常食することではないかとされたのです。実際、フランス、イタリアほかの南欧諸国は、肉とともに魚介類をよく食べる地域です。

そこから、魚に含まれる脂肪の一種であるDHA(ドコサヘキサエン酸)が注目され、アメリカ人がサプリメントとして日常的に摂るくらい普及したところ、現実に心筋梗塞が減ってきたのです。

ワインに含まれるポリフェノールなどの抗酸化物質であれ、サプリメントで摂るDHAであれ、「足し算」によって健康に近づくことができる典型例といえるでしょう。

こうした知識に対してアンテナを張っておくことも、「頭がいい人」の健康法として大切です。

もちろん、その際は「○○は体にいい」という断片的な情報を鵜吞みにするのではなく、なぜ体にいいのか、その情報はどんなデータに基づいているのかにも注意を払うのが「頭がいい人」の習慣です。

 

「よい脂肪」と「悪い脂肪」を理解する

メタボを気にする人は脂肪を徹底的に嫌いますが、体にとって脂肪は必要なものです。私がここで言いたいのは、脂肪を摂らないことの問題です。脂肪は邪魔なもの、体にも食品にもアブラは少ないほうがいいと考えている人が多いようです。

ですが、私たちの体は脂肪をうまく利用して、細胞を再生させたり、新陳代謝を行ったりしています。言い換えれば、体を再生し、若返らせるために脂肪を必要としているので、単純に脂肪を減らせばいいわけではありません。

先に、免疫細胞ほかのさまざまな細胞は、コレステロールが細胞壁の材料になっていることに触れました。いうまでもなく、コレステロールも脂質の一種です。

つまり、脂肪の成分が含まれていることで、細胞に張りが出るし、柔軟性も保たれているわけです。

したがって、いわゆる「油抜きダイエット」でやせると、本当に油切れして干からびた細胞になりやすく、やつれた容姿になりがちです。しかも、年齢以上に老け込んだ外観になってしまいます。もちろん、「よい脂肪」と「悪い脂肪」があることの認識が大切です。

いまでこそ、マーガリンは健康によくないことが知られるようになりましたが、以前は、「バターは動物性脂肪だからよくない。マーガリンは植物性なので体にいい」といわれていたことを覚えている人も多いでしょう。口当たりがよく、健康的であることをアピールするテレビCMもさかんに流れていました。

評価が一転したのは、マーガリンに多く含まれるトランス脂肪酸が、動脈硬化の原因になりうるとわかったからです。

さらに、アレルギー、認知症、脳血管障害、がん、糖尿病など、さまざまな病気との関連が疑われています。

 

食物から摂らなければならない脂肪もある

健康の理論や実践方法には、はやりすたりがありますが、脂肪と健康の関係はその典型です。

「頭がいい人」は、こうした知識のアップデートを怠りません。いまでは、オリーブオイルのように、体についた脂肪を燃やす油があることもわかっています。

食品に含まれる脂肪の主成分を脂肪酸といいます。脂肪酸は、炭素のつながり方の違いによって、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に大別されます。

そして、前者を多く含むバターやラードなどの動物性脂肪は固まりやすく、不飽和脂肪酸を多く含むオリーブオイルやサラダ油などの植物性脂肪や魚の脂肪は固まりにくいのです。

一般に、不飽和脂肪酸を多く含む脂肪が体にいいとされますが、細かく見ていくと、コーン油、大豆油などのグループ(オメガ6)と、魚脂に多く含まれるDHAやEPA(エイコサペンタエン酸)などのグループ(オメガ3)の比率が4対1であることが理想です。

つけ加えるなら、体にとって脂肪は必要なものなので、摂取しなければ体が勝手に脂肪をつくりだします。脂肪抜きを徹底すると、体は炭水化物を脂肪に変えてしまい、これが内臓脂肪の原因になりやすいのです。

体がつくりだす、そんな脂肪がある一方で、オメガ6系とオメガ3系の不飽和脂肪酸などは体内では合成できないため、食物から摂らなければなりません。基本的に健康な人間の体は、組成として脂肪が15〜25パーセントあるわけです。

摂らなければいい、摂らなくてもいいというわけではありません。そのことを理解したうえで、「よい脂肪」を摂ることが賢い食生活です。

【和田秀樹】
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として、35年近くにわたり高齢者医療の現場に携わっている。主な著書に、『80歳の壁』『ぼけの壁』(以上、幻冬舎新書)、『不老脳』(新潮新書)、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『[新版]「がまん」するから老化する』(PHP文庫)などがある。

 

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