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医師が認知症より注意を促す「老人性うつ」...発覚が遅れやすいその特徴とは?

和田秀樹(精神科医)

2023年08月16日 公開 2024年12月16日 更新

 

老人性うつと認知症の違いを見極める

この記事を読んでいるみなさんのなかには、自分の健康だけでなく、高齢の親など家族のことが気になっている方もいるでしょう。頭がいい、悪いは本人だけでなく、家族の高齢者にも大いに影響してきます。

高齢者が幸せかどうかは、頭がいい人の家族か、頭が悪い人の家族なのかで決まってしまう側面があるからです。つまり、老人性うつと認知症は、まったく違う病気ですが、症状としては似通った点があるため、両者の違いを知らないと間違った対応をしかねません。

たとえば、半年ぶりに帰省して母親に会ったとき、昔はおしゃれだったのに、着替えをしなくなったというケースです。お風呂も入っていないようだし、たった半年でこんなにだらしなくなるのか...とショックを受けるかもしれません。

あるいは、「今日帰るよ」と言った電話を覚えていない場合、いよいよ認知症になったのかと思うでしょう。

頻繁に会っていた場合は、なんとなく元気がない、1日中ボーッとしているといった症状から、家族が認知症を疑って病院に連れてくることがよくあります。

老人性うつと認知症の最も大きな違いは、その症状までのプロセス、時間的な経過です。老人性うつの場合は、症状がおおむね1〜2カ月の間に同時多発的に起こります。

半年ぶりに帰省したとき、前回からずいぶん変わってしまったというのなら、認知症よりうつを疑わなくてはいけません。本人にはっきりした自覚症状があるときも、老人性うつが疑われます。

たとえば、老人性うつの場合は、物忘れが増えてくると、本人はその自覚があるので、「物忘れがひどくなったのは、アルツハイマーではありませんか」などと自発的に医師にかかる人が多いのです。

一方、認知症の場合は、物忘れが始まってから着替えをしなくなるまでに、通常5〜6年かかります。物忘れが始まった初期の頃は、身だしなみもそこそこきれいで、身のまわりのことは何でもできます。

そこから5〜6年ほどたつうちに、少しずつ着替えをしないとか、お風呂に入らない、お漏らししても気にしない、と進行していくわけです。その症状がいつから始まったのか、家族に聞いてもはっきりしません。

認知症の場合は、物忘れが多くなっていることに、自分ではあまり気づいていません。そもそも病識(自分は病気であるという意識)が欠如している人が多く、自らの記憶障害にあまり不安を覚えることなく、ケロリとしているものです。

また、医師が何かを聞いたとき、はぐらかしたり、とりつくろったりするのも、認知症の人に見られる傾向です。

前述した、物忘れがひどくなった、着替えをしない、お風呂に入らなくなった、なんとなく元気がない、1日中ボーッとしているといった初期症状は、老人性うつと認知症のどちらにも表れるので、医師でさえ見間違えることがあります。

老人性うつが原因で記憶力が低下しているのに、アルツハイマー型認知症の進行を抑える薬を処方されている高齢者もいるくらいです。もちろん、十分な臨床経験を積んだ医師なら、両者を見誤ることはありません。

適切に診断すれば薬で治るのに、認知症扱いされて施設に入れられたり、家から出さないようにされたりするうちに、本当にボケてしまうことも少なからず起こっています。心の健康を軽んじることはできません。

 

意外に多い高齢者の自殺

日本では、1990年代の後半から14年連続で、毎年3万人以上が自殺していました。2006年に超党派の議員立法で自殺対策基本法が成立、施行されましたが、政府が積極的に自殺対策に取り組むようになったのは、2009年の民主党政権からです。

「お父さん眠れてる?」というキャンペーンを覚えている人もいるでしょう。睡眠障害はうつ病のサインであることが、この頃から広く知られるようになりました。その後、職場のメンタルヘルス改善や、オーバーワークに対する規制なども進んで、現在では2万人くらいまで減っています。

とはいえ、2022年の自殺者数は、前年比4.2パーセント増の2万1881人でした。ストレスを抱えながら過ごした、コロナ禍の3年間の影響もありそうです。

高齢者に限れば、自殺者の数は、近年の推移を見てもあまり減っていません。今後、高齢者人口がますます増えていく日本では、もっと関心を持つべき問題です。高齢者の自殺は、少し医療がかかわるだけで減らすことができるのです。

モデルケースとなる例があります。新潟県の松之山町は、1980年代まで自殺が多い町でした。そのため、町をあげて自殺対策に取り組んだのです。

その内容は、まず65歳以上の在宅の高齢者全員に対し、「健康についてのアンケート」を行いました。そして、リスクの高い人を選別し、精神科医と保健師による面接により、うつ病で自殺のリスクのある高齢者をピックアップしました。

そうしたハイリスクな人に対し、保健師が定期的に訪問して観察したり、医師による治療を行ったりした結果、自殺死亡率は以前の4分の1以下になったのです。

希死念慮(自殺願望)を持つ若い人の場合、背景には、失業だったり経済問題だったり、あるいは人間関係だったり、さまざまな要因が考えられます。

心的要因が大きい人もいて、医学モデルだけで対策をとりにくいのですが、高齢者の場合は、うつ病に対してきちんと対応することで、かなり自殺を防ぐことができるのです。

【和田秀樹】
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、ルネクリニック東京院院長。高齢者専門の精神科医として、35年近くにわたり高齢者医療の現場に携わっている。主な著書に、『80歳の壁』『ぼけの壁』(以上、幻冬舎新書)、『不老脳』(新潮新書)、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『老いの品格』(PHP新書)、『[新版]「がまん」するから老化する』(PHP文庫)などがある。

 

著者紹介

和田秀樹(わだ・ひでき)

精神科医

1960年、大阪市生まれ。東京大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カールメニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、立命館大学生命科学部特任教授、川崎幸病院精神科顧問、一橋大学経済学部非常勤講師、和田秀樹こころと体のクリニック(アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化したクリニック)院長。著書に、『医学部にとにかく受かるための「要領」がわかる本』(PHP研究所)、『老いの品格』『頭がいい人、悪い人の健康法』(以上、PHP新書)、『50歳からの「脳のトリセツ」』(PHPビジネス新書)、『感情的にならない本』『[新版]「がまん」するから老化する』(以上、PHP文庫)、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社新書)、『80歳の壁』(幻冬舎新書)、『自分は自分 人は人』(知的生きかた文庫)など多数。

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