深夜、無人の店内で熱々のうどん...昭和の風情漂う「レトロ自販機」
2023年12月29日 公開
↑ドライブイン七輿(群馬県藤岡市)
日本各地には、今も昭和の面影を残すフード自販機が存在しています。めん類、ハンバーガー、トーストサンドなどが売られていたレトロな自販機の魅力とは? 本稿では、昭和の文化に詳しい黒沢哲哉さんが、レトロ自販機ブームの火付け役・魚谷祐介氏の著書『日本懐かし自販機大全』をもとに語ります。
※本稿は『日本懐かし自販機大全』(辰巳出版)より内容を一部抜粋・編集したものです。
レトロ自販機のブームはここから始まった
↑富士電機めん類自動調理販売機(富士電機)
ここ数年、昭和のレトロ自販機がブームとなっている。その主役はハンバーガーやうどん・そば、トーストサンドなどを販売するフード自販機だ。
これらのフード自販機は1970年代に登場し80年代にかけて全盛をきわめた。当時、国道や県道などの街道沿いに簡素なバラック小屋を建て、中に自販機を並べただけの無人店舗が数多く作られた。
「オートスナック」「オートレストラン」「コインスナック」などと呼ばれたこれらの店は、高速道路網が未整備で24時間営業の店もほとんどなかった当時、夜中に働く職業ドライバーにとってはまさにオアシスだった。
しかしコンビニが増え、高速道路が延伸してサービスエリアやパーキングエリアが充実するようになるとフード自販機の需要は減り、メーカーも自販機の製造を終了、今ではすっかり絶滅危惧種となってしまったのだ。
ところが最近になってにわかにレトロ自販機が注目されはじめた。日本各地にわずかに残るレトロ自販機に、ハンバーガーやうどんを食べるためだけに若者が駆けつけ、テレビなどでもたびたび紹介されるようになった。神奈川県相模原市には、古い自販機を修理して復活させ80台以上が現役で稼働するという自販機の"聖地"まで誕生した。
じつはこうした時ならぬレトロ自販機ブームを生むきっかけの一端を担ったのが、『日本懐かし自販機大全』の著者である魚谷祐介氏なのだ。魚谷氏は2007年にインターネット上にホームページを開設し、全国に生き残っているレトロ自販機の紹介をはじめた。
当時はレトロ自販機という呼び名も定着しておらず、魚谷氏のホームページのタイトルも「懐かしの自販機コーナー〜侘寂自販機〜」というようなものだったと記憶している。
2007年といえばインターネットの利用者が急増し、ブロードバンド回線が普及して常時接続が一般的になりつつあった時期だ。そのころネットサーフィンをしていてたまたま魚谷氏のホームページを見つけ、懐かしさから思わず読みふけってしまった人は多かったに違いない。
そしてそれらの店がいまだに現存していることを知って足を運んでみた人も多かったはずだ。筆者もそのひとりだった。魚谷氏のホームページをガイドブックとして関東近県を中心に多くのオートレストランへ行き、ハンバーガーやうどん・そばを食べまくった。
↑ハンバーガー自動販売機(富士電機/星崎電機[現ホシザキ電機])
思い出も味わえるレトロ自販機の魅力
↑ドライブインダルマ(京都府舞鶴市)
魚谷氏のホームページにはやがてレトロ自販機に関する読者からの情報も続々と集まるようになった。
「うちの近所にもハンバーガー自販機が稼働している場所があります」
「故障していた○○店のうどん・そば自販機が修理されて復活しました」
「□□店が来月で閉店するそうです」
こうした地元民から寄せられる確度と鮮度の高い情報によって、魚谷氏のホームページはさらに充実していった。
そして2014年に満を持して出版されたのが本書だったのだ。巻頭では魚谷氏がレトロ自販機「御三家」と呼ぶハンバーガー自販機、めん類自販機、トーストサンド自販機の外観と内部機構を詳しく解説。
続いて全国各地のレトロ自販機スポットをカラー写真付きで紹介している。特に貴重なのは発売当時の自販機のカタログを紹介したページだ。当時その自販機のどこが新しかったのか、客は自販機に何を求めていたのか。それらがわかる貴重な歴史資料と言えるだろう。
ただしこうして本書を読んでいると、懐かしさと同時に言い知れぬ焦燥感が湧き上がってくる。というのは本書に収録された自販機の中には掲載後に稼働を止めてしまったりお店ごと消えてしまった場所も少なくないからだ。
本書は自販機の稼働状況を増刷ごとに更新しているとのことで、2014年発行の初版と本稿執筆時点の最新版である10刷を比較すると、何と10ヵ所所以上の自販機が消えていた。
本書を手に取られた方は、ぜひ実際にお店に行ってご自身の目と舌で自販機フードを味わっていただきたい。
できれば深夜がおすすめだ。昭和感あふれる無人の店内。無言で商品を選び硬貨を投入すると、やがて熱々のハンバーガーが出てくる。息を吹きかけながらそれををほおばるとき、毎日がまぶしく輝いていたあのころの思い出も、きっと鮮やかに蘇ってくるはずだ。
【黒沢哲哉(くろさわ・てつや)】
1957年、東京の葛飾柴又生まれ。ライター、編集者、マンガ原作者。柴又のおもちゃ博物館名誉館長。昭和のマンガや子ども文化に関する記事を多数執筆。