英文を書いたり読んだりすることはできても、いざ話すとなると難しいという人は多いようです。なぜ「わかる」のに「話せない」のでしょうか。
『7日間で英語がペラペラになる カタカナ英会話』(Gakken)が話題の甲斐ナオミ先生と、シリーズ続編の『やっぱり英会話は筋トレ。20の動詞をモノにする反復法』(かんき出版)が好評な船橋由紀子先生にお話を伺いました。前・中・後編にわけ、今回は前編をお届けします。(構成/山岸美夕紀 撮影/斉藤秀明)
日本人の英語力を低下させている「メンタルブロック」
――日本では、学校の授業で何年も英語を学んできている人が多いにもかかわらず、英語、特に英会話が苦手という人が多いですよね。英語を母国語としない国や地域の中でも、日本人の英語能力が低いことは調査でも明らかになっていますが、その原因はなぜだと思われますか?
【甲斐】私はカナダ・モントリオール出身で、大人になってから初めて日本に来たのですが、その際に感じたのは、日本の方々の英語に対するマインドブロックの強さでした。小学校から高校、大学まで学校で英語の勉強をたくさんしていても、いざ話すとなると言葉が出てこない人が多いんですよね。
モントリオールのあるケベック州は実は公用語がフランス語と英語なので、フランス語と英語の2カ国語を話す人が多く、移民の方もたくさんいるので、みなさんそれぞれの母国語を話すんでよね。
そういった環境の中で、新しい言語を覚えることに対しての抵抗感や「間違えたらどうしよう」という感覚が私にも周りにもなかったので、語学に対するマインドブロックというものには馴染みがありませんでした。
【船橋】たしかに、そうですね。私もノンネイティブでもバイリンガルでもない日本人ですので、英語に対するメンタルブロックはよく理解できます。
そのひとつの要因としては、やはり海外からの移住者が少ないことが大きいですよね。英語の先生以外で身近に英語を話す人が少ないので、英語を自然に聞く機会も、英語を話す機会もほとんどありません。
唯一英語を学べる学校での英語の勉強は、間違えるとテストの点数に関わってきますから正確に覚えなければいけない。そんな中で、メンタルブロックがどんどん積み上がってしまうんです。
【甲斐】もったいないですよね。私は幼稚園から中学校まではフランス語を話し、高校から英語とスペイン語、ドイツ語などを学び始めたのですが、フランス語以外の言語は私にとっての第一言語ではないので、そもそも「わからなくて当然」です。なので、間違えたとしてもまったく気にしませんし、「Oh, sorry」と笑っておしまいでした。
【船橋】それが日本人はなかなか難しいんですよね。みんなの前で間違えると恥ずかしい、という感覚がある。
【甲斐】日本でも「間違っても気にしない、気にならない」という環境が作れたらいいのになと私も思います。私はキッズ向けに英語のレッスンも行っていますが、まだメンタルブロックのない子どもたちに対して、英語を間違えても恥ずかしくないよ、という教え方を心掛けています。
まずはYouTubeなどの英語の音楽を聴かせたり、映像を見せたり、とにかく楽しい雰囲気で英語に触れさせると、意味などわからなくても子どもたちは聞こえたまま歌ったりしゃべったりするようになるんですよね。そこから「これはこういう意味なんだよ」と教えていき、なんとなく意味がわかってきたら「これはこう発音するんだよ」と細かいところを教えてきます。
学生や大人のレッスンでも同様です。学校の授業ではやはり間違えたらバツにされてしまうので、英会話のレッスンでは学ぶ楽しさを重視して、間違えてもぜんぜんOKというスタンスが大切だと思っているんです。
【船橋】私はキッズクラスは受け持っていないのですが、今ナオミ先生がおっしゃったことを大人のレッスンでも心掛けています。
たとえば、私も含めて、誰もが思い切り間違える場を作ろうということで、「へべれけ英会話」というオンライン飲み会をたまに開催しているんです。オープンにしゃべって、たとえ間違えてもお酒のせいにして、お互い「ヘヘヘ」と助け合おうね、という感じで。目的は「間違えてもOK」という体験をたくさんすること。
【甲斐】いいですね、それ。そういう環境をつくるのって大事ですよね。
【船橋】より多くの英語学習者の方が「安全に間違える体験」をし、間違ってもそれ以上に「楽しかった」という印象が上回る、という経験をたくさんしてほしいんです。
特に大人になってくると、役職は上がっていくのに英語力は現状維持、もしくはどんどん衰えていくじゃないですか。そのギャップが開いていくのがまた耐えられなかったりするんですよね。偉くなればなるほど、間違えて恥ずかしい思いをしたくない。だから、大人には、"心を折られすぎないアウトプットの場"が必要なのではないかと思います。
【甲斐】日本の方は、せっかくたくさん勉強されて、TOEICなどで高得点を取れるのに、英語で話すのは苦手という方も多いですよね。たとえば、私の生徒さんで60代の女性の方がいらっしゃるのですが、ライティングではとてもきれいな文章を書かれるんです。ちょっと複雑な文法や単語も駆使して、直すところがないくらい正確。でも、話すとなるとそれがとっさに出てこないんですよね。
【船橋】私は「インプットメタボ」と呼んでいるんですが、特にメンタルブロックが強い人はどこまでもインプットし続けてしまう傾向があります。
【甲斐】そうそう、私も英検準1級の試験などをサポートしていますが、実際の生活の中で使わないような単語や表現がけっこう出てくるんですよね。そこまで難しいことをインプットする必要はないのにな、と思うこともあります。
【船橋】なので、インプットばかりではなく、適切なアウトプットとのバランスがとても重要なんですよね。
気軽に英会話を練習する方法
――日本で適切なアウトプットができる場所や方法は、どのようなものがあるのでしょうか?
【甲斐】たとえば「meetup」(https://www.meetup.com/ja-JP/)という世界中の人が集まるサイトがあります。さまざまなコミュニティが作られていて、住んでいる地域の近くの集まりやオンラインでのイベントなどを検索できたりするんです。自分でコミュニティを作ることもできます。
最初はちょっと勇気がいるかもしれませんが、日本にいる外国人の方であればカタコトの日本語が話せるレベルの人も多いので、コミュニケーションが図れるのではないでしょうか。そのほかには、外国人が多く通う六本木のバーなどでコミュニケーションを楽しむのもいいですね。
【船橋】meetup、いいですよね。ただ、交流をするという目的よりも英語を純粋にしゃべりたい、というニーズもあるかと思います。
そういう場合には、一般的ですがオンライン英会話だったり、「ハロートーク」という語学学習アプリなどもオススメ。日本を学びたい外国人とランゲージエクスチェンジをすることが無料でできるんです。さらに純粋に英語を話す練習をしたいのであれば、ChatGPTのようなAIチャットボットと話すといった方法もありますね。
【甲斐】そうですね。それから、私がドイツ語を勉強していたときにはドイツ語を話せる友人がいなかったので、一番よくやっていたのが独り言です。
【船橋】独り言! 私も英語でよく独り言学習をしています。
【甲斐】毎日、「今日は何を食べようかな」「今日は何を買おうかな」「今日のスケジュールは」といった感じで、一人で話すんです。最初はなかなか言葉が出てこないので辞書や検索ツールで調べたりしながら、そのうち簡単なフレーズが言えるようになってきます。独り言のいいところは、誰にも「間違ってるよ」なんて言われないし、メンタルブロックという面でも有効ですよね。
【船橋】ナオミ先生の『カタカナ英会話』は独り言学習に最適ですよね。カタカナを読んでそのまま話すだけで本当にネイティブのような発音になるので、口に出して言うことが楽しくなります。
このカタカナが秀逸で、ネイティブはこう話すというエッセンスをギュッと昇華させてそれをカタカナで表現しているから、カタカナ表記が予想の斜め上をいくんですよ。
たとえば「Can I~」はキャンアイでもなくキャナイでもなく「ケナイ」ですから。「I don‘t know.」はアイドントノウではなく「アロンノウ」。かなり大胆ですが、口に出してみると本当にネイティブに聞こえます。
【甲斐】ネイティブの発音をいかにカタカナに落とし込むかという点では、かなり試行錯誤しました。船橋先生の『英会話は筋トレ。』と『やっぱり英会話は筋トレ。』も同じく独り言学習に最適ですよね。本当に筋トレのプログラムみたいに28日間の学習スケジュールを組んで、口に出して発音し、反復トレーニングができる構成になっています。
【船橋】「知っている」と「使える」のギャップを埋めるために、反復練習は有効ですよね。知っている英語が反射的に口から出るように瞬発力を鍛えるための構成にしています。これらの本も活用して、独り言学習からAIとの会話、ノンネイティブの日本人同士での会話、ネイティブとの会話、というようにステップアップしていくとスムーズかもしれませんね。