日々、膨れ上がる情報の波を前に過ごしている私たちだが、情報に振り回されないために必要なのは、やはり「自分の頭で考える力」ではないだろうか。そんな力を鍛える最適な方法として注目されるのが、実際の実験を行わずに頭の中で問題を考える「思考実験」である。
思考実験は、いわば考えるゲームのようなもの。楽しみながら取り組めて、思考力も身につけられる現代人の強い味方だ。ここでは、企業研修で思考実験を積極的に行う笠間リョウ氏の著作より、答えのあるパターン、ないパターンの問題を紹介する。
※本稿は、笠間リョウ著『頭がいい人の論理的思考が身につく!大人の思考実験』(総合法令出版)より一部抜粋・編集したものです。
宇宙人の言葉を訳しても、その正しさは証明できない
言葉についての思考実験です。
20XX年、宇宙開発が進められて、宇宙旅行が当たり前になりました。
銀河系の探査が進み、銀河系の星々の中には、人類のような知的生命体がいることもわかりました。そうした知的生命体が生活している星の中で、地球人と全く同じ外見で、私たちと同じ社会を持って、共同生活をしているX星が発見されました。
この星の詳細はまだ調査途中ですが、身体のつくりもほぼ同じであることがわかってきたのです。生息している生物も地球そっくりで、牛や豚のような家畜も飼われていることがわかりました。
私たち地球人と唯一異なるのは文明の進化度です。
地球人の歴史でいうところの1000年~1500年以上、文明が遅れているようでした。生活は基本的に狩猟生活が中心で、農耕文化はさほど発展していないようです。
あなたは、地球人の語学研究家として、公的機関から未開の星に調査に行くことになりました。
あるとき、現地の宇宙人(X星人)が居住している村で、宇宙人と一緒に散歩をしていたときに、目の前をサッと小さな物体が飛び去りました。地球でいう猫らしきもののようです。それを見て宇宙人は、「ギャバガイ!」と叫んだのです。
そこで、あなたは、当然のごとくX星の語訳として「あっ、猫!」、または「ほら、猫だよ」という文章を書き留めました。ところが、その翻訳が正しいのかどうかは、証明することができません。なぜでしょう?
使っている言葉が違えば、見ている世界やモノも違う
この思考実験に正解はありません。
なぜなら、宇宙人と一緒に見たその猫の毛が黄色で、ギャバガイという言葉は、「黄色」を意味しているかもしれないからです。
または、もしかしたら、ギャバガイという言葉は、動物全般を指しているかもしれないのです。さらにいうと、ギャバガイは急に飛び出してきた猫らしきものを指しているのではなく、「危ねえ!」とか「びっくりした!」という意味なのかもしれません。
または、その猫らしきものが横切ったことで、「運が悪い」と言ったのかもしれません。
このように未知の言葉の状況下では、見えている世界も、見ている対象も違うということがいえるのかもしれないのです。
これは、分析哲学者のウィラード・ヴァン・オーマン・クワインが考えたものです。
彼は使っている言葉が異なると、見える世界が全く異なるということをこの思考実験で証明しました。
足の速いアキレスが亀と競走したら?
次に、答えのある思考実験「アキレスと亀」をやってみましょう。
アキレスという足がとても速くて有名な男がいます。
ある日、アキレスは友達の亀と競走することになりました。
当然ながら、アキレスは亀よりもずっと速いことはみんなわかっています。このまま勝負をすれば、アキレスが勝つことが目に見えているので、亀に少しハンデが与えられました。ただ、そのハンデは勝敗を分けるほどの大きなものではありません。
コースは直線の一本道です。さて、このレースはどっちが勝ったのでしょうか?
アキレスは自信を持ってレースに臨みましたが、意外なことに、アキレスは亀に負けてしまったのです。どうしてアキレスは亀に負けてしまったのでしょうか?
この思考実験は、古代ギリシャの哲学者ゼノンが、ピタゴラス学派の主張がおかしいと主張するために考えたものです。
普通に考えれば、亀よりも足が速いアキレスが勝つだろうと考えると思います。では、なぜ、アキレスは負けてしまったのでしょうか?
このレースは、まずアキレスが亀を後ろから物凄いスピードで追いかけます。亀がスタートした地点をAとします。アキレスが亀に追いつくにはまず亀がスタートした地点Aに辿り着かなければなりません。
アキレスが地点Aに辿り着くころに亀は少し先の地点Bにいます。
アキレスが地点Bに着くころには亀は少し先の地点Cにいます。このように、いつまでたってもアキレスは亀に追いつくことはできないという考え方です。
「アキレスと亀」では、スタートしてからすぐにアキレスが亀に追いつくはずですが、アキレスが亀に追いつくまでの時間は無限に刻んでいくことはできます。
この問題はアキレスが亀に追いつくまでの時間を刻んだだけにすぎないのです。
たとえば、長さ10㎝のカステラがあるとします。これを半分に切ると5㎝です。さらに半分に切ると2.5㎝になります。さらに半分に切ると1.25㎝になります。
このように計算上では無限に切っていくことができます。
計算上ではカステラを無限に切ることができますが、カステラの大きさが無限でないのと同じように、亀に追いつくまでの時間を無限に刻むことはできますが、時間も無限にあるわけではありません。
「本当は有限であるはずの時間を無限の時間で行われる」と考えてしまったことが、「アキレスと亀」の間違いの始まりなのです。
「モンティ・ホール問題」は確率を考える
もう一つ、今度は答えがわかりやすい問題です。
あなたはあるテレビのクイズ番組に参加しました。そのクイズ番組であなたは勝ち上がり、賞品がかかったゲームにチャレンジすることになりました。
あなたは3つのドアの前に立っています。そのうちの1つのドアの後ろには賞品があり、他の2つのドアの後ろには何もありません。
あなたは1つのドアを選択しました。その後、司会者は残りの2つのドアのうち、賞品のないドアを開けます。そして、あなたにドアを変更するかどうか尋ねました。
あなたなら選んだドアを変更しますか?
答えは、ドアを変更したほうが、商品を引き当てる確率が上がります。
なぜかというと、当たる確率が2/3に上がるからです。これは初めて選んだドアを変更すると、残りの2つのドアのうち1つが当たりのドアである確率2/3になるためです。
最初に選んだドアが当たりのドアである確率は1/3であり、残りの2つのドアが当たりのドアである確率は2/3だからです。
このモンティ・ホール問題は、1975年にアメリカのテレビ番組「Let's Make a Deal」で司会を務めていたモンティ・ホールにちなんで名づけられました。
最初に考えたのは、アメリカの数学者であるスティーブン・セルゲイです。彼は1975年に「アメリカ数学月間」誌でこの問題を紹介し、その後モンティ・ホールの名前がつけられることとなりました。