伝えるときは難しい言葉より平易な言葉のほうがよい―― こう語るのは、テレビ朝日系の「報道ステーション」で長きにわたりリポーターや、メインキャスターを務めた富川悠太氏。現在はトヨタ自動車のオウンドメディア「トヨタイムズ」でキャスターとして活躍しており、伝える仕事を続けるうえで今も試行錯誤してるという。
本稿では、富川氏の著書『報道、トヨタで学んだ伝えるために大切なこと』から、相手に伝えるために必要な習慣について語った一節を紹介する。
※本稿は、富川悠太著『報道、トヨタで学んだ伝えるために大切なこと』より、内容を一部抜粋・編集したものです。
100知って、1伝える
わかりやすく伝わりやすい表現にするためには、まずその内容をよく知っていることが大事です。そのうえで余計な情報を省き、大事な部分を凝縮して言葉にします。
理想は、100知って、1伝えるくらいの割合です。100知ったうちの大事な部分を1に凝縮して伝えようとするから、力のある言葉になるのです。
テレビのドキュメンタリー番組をイメージするとわかりやすいのではないでしょうか。取材を繰り返し、何カ月も、場合によっては何年も撮りためてきた映像を編集し、ぎゅっと凝縮して短い時間にまとめていますよね。かなりの部分を捨てているのです。
それはフィールドリポートも同じで、時間をかけて情報を集め、取材したうえで、ポイントを押さえた伝え方をしています。
取材したり調べたりして多くのことを知るほど、それを全部伝えたくなってしまいますが、情報が多すぎると逆にわかりにくくなります。ですから、100を1にして伝えるには次のような3つの作業が必要になります。
①伝えるべきことを厳選する
まず、100の情報の中から伝えるべきことをピックアップします。ほとんどの場合、伝えるための「目的」があるはずなので、基本的にはその目的に沿った情報を選ぶことになります。いくつかの切り口が見つかった場合、「今回はこれでいこう」と一つに決めます。
②要約する
厳選した伝えるべきことを、短くまとめます。落としてはいけないのは、「いつ、どこで、誰が、何を、どのように、どうした」といった基本的な情報と、今回もっとも伝えるべきメッセージ。これを中心にして、時間や文字数などの制限に合わせて要約します。
③なくても伝わるものは削除する
言葉以外で伝えることができている情報は、わざわざ言う必要はありません。たとえば、果物の入ったカゴの画えを見せることができているなら「果物の入ったカゴです」と言葉にして伝えなくてもいいでしょう。同じ内容を繰り返していることは意外と多いので、「言わなくてもわかるな」と思うものは削除するようにします。
これらの作業をするだけで、伝える力は各段にアップするはずです。そもそも多くの人は1伝えるのに2〜3準備しているくらいのものです。それどころか1しか情報をもっていないことすらあります。
100から抽出した1のほうが威力があるに決まっています。愚直なやり方ではありますが、まずは100の情報を集めることです。聞いて、調べて、100集めておくことによって、1に説得力が出ます。質問にもその場で瞬時に答えることができるのも大事です。1しか知らなければ、少し突っ込まれただけでしどろもどろになってしまいます。
語彙は、人の話を理解するために増やす
伝える力を伸ばすために、まず語彙を増やそうと思う人もいるのではないでしょうか。語彙力は高いに越したことはありません。手持ちの言葉が多ければ、伝えるためによりよい言葉を選ぶことができます。
ただし、難しい言葉を使うことが目的ではありません。たとえば、頼んでいた仕事を提出してきた部下に対して「画竜点睛を欠くとはこのことだ」と言っても、伝わらないなら意味がありませんよね。相手がわかる言葉で言わなければなりません。
「ほとんどできているんだけど、肝心なところが抜けているよ」と言えば、よくわかるでしょう。追加してほしいものを具体的に指示すれば、齟齬もなくなります。
日本語には本当に豊かな言葉があります。学ぶのは楽しいし、知っていると使いたくなる気持ちもわかります。でも、ほとんどの場合、日常的な言葉で伝えることができます。伝えるときには、難しい言葉より平易な言葉のほうがよいことが多いのです。
ですから、自分が使うために語彙を増やすというより、「相手の話を理解するために語彙を増やす」と考えることをおすすめします。言葉を知らないと、相手の話が理解できません。これはマズイわけです。取材、インタビューでいろいろと話してもらっても、本を読んでも、知らない言葉にひっかかっていては、相手を理解するどころではなくなってしまいます。
私もアナウンサー試験に合格後、日本語検定のテキスト等を使ってかなり勉強しました。自分の語彙力が低いことは自覚していたので、必要な勉強でした。正直なところ、いまだに語彙力は高くありません。でも、そんな私にも後輩たちが「どうやって言葉を勉強したらいいでしょうか」と相談に来てくれます。
私は、「人の話を理解するために言葉を勉強するんだよ」と伝えています。熟語・ことわざ・故事成語などが網羅されているテキストや、難しい言葉を楽しく学べるような本はたくさん出ていますので、そういった本を使って学ぶのもいいでしょう。
もっとも効率がいいのは、ニュース記事や本などを読んで出合った難しい言葉を調べて理解することです。難しい言葉を理解して、やさしい言葉に言い換えることができるようになると伝える力もアップします。
自分では使わないビジネス用語や若者言葉も、相手の話を理解するためには学ぶ必要があるかもしれません。たとえば、次の文章をわかりやすく言い換えたらどうなるでしょうか。
【ビジネス用語の例】
▼変更前
我々にとって、ボトムアップ型のアプローチによるイノベーションを創出し、パラダイムシフトを起こすことが喫緊の課題です。
▼変更後
私たちはいま、大きく変化しなければなりません。現場からアイデアを集めて統合し、いままでにない新たな仕組みをつくり出す必要があります。
【若者言葉の例】
▼変更前
ワンチャン、このプロジェクトはチートイベントになるかも。神ってる感じのアイデアがどんどん出てきて、社内の雰囲気がヤバイ。ユーザー目線でいっても、マジで推せる。
▼変更後
このプロジェクトは、これまでにないレベルで成功するかもしれません。素晴らしいアイデアがどんどん出てきて、社内の雰囲気は活気にあふれています。利用者の立場で考えても、おすすめしたいです。
ここでは一般的な言葉に直してみましたが、これが正解というわけではありません。言葉は伝える相手によって変わります。普段からビジネス用語をよく使う人に向けて話すなら、ビジネス用語を使ったほうがわかりやすいでしょう。若者言葉も然りです。
伝える力のある人は、伝えたい相手の言葉に敏感です。相手の言葉に合わせることができると、より伝わりやすくなるのです。
記録のすすめ
情報を集める際はメモをとる、録音する、動画撮影するなどします。本やインターネットで調べたことはメモ、インタビューは録音、現場取材は動画撮影というように、記録したい内容によって適した方法があります。
とはいえ、あとで整理しやすい方法なら、何でもいいと思います。本を読んで知ったこと、感じたことを自分で喋りながら短い動画にしておくというのもいいでしょう。文字で残すよりも、そのときの感情がよくわかる記録になります。
フィールドリポートでは、リポートの種類によって記録の仕方は違いますが、たくさん記録しながら進めていきます。2012年に起きた尼崎事件(尼崎連続変死事件)のように、複雑な事件は人物相関図をつくって情報を書き込みながら取材していきます。
やみくもに取材して回っても有力な情報は得られないので、次にどこに行って何を押さえるべきか、記録を見ながら組み立てていきます。
災害現場のリポートは、まず現地に足を踏み入れたときのファーストインプレッションが大事です。最初からカメラを回し、その場で感じたこと、気づいたことなどを喋りながら記録していきます。瞬間を逃さないようにというのもあって、大量に記録しています。これらをもとに、テレビで放送するものをつくっていくわけです。
実際に伝えるときの素材にはならなくても、記録はとても重要です。私は記憶力がいいほうですが、正確に覚えておくことは難しいですし、いつのまにか記憶の一部が抜けたり、変わっていたりということもあります。
新型コロナウイルスに罹患して入院したとき、私は自分の経過をスマホで録画して記録していました。2020年4月のことです。3月にはコロナ感染から志村けんさんが亡くなり、世間に大きな動揺が走っている頃でした。
報道番組のメインキャスターとして、感染拡大の防止を呼び掛けてきたのに、自分が感染してしまったのは本当にショックで申し訳ない気持ちでいっぱいでした。当時、ずいぶんお叱りの声もいただきました。
批判は受け止め、メインキャスターの穴をあけてしまうことを謝罪しました。ただ、もう感染してしまったことは仕方ありません。私は自分の症状や経過を伝えるべきだと思いました。コロナ感染後にどのような治療を受け、どのような経過をたどるのか。一つの例として伝えなければならないと思ったのです。
しかし、番組自体が批判を受けている中では、私が病院から伝えることを許可してはもらえませんでした。そこで、スマホで自分の状態を撮影しながら喋り、記録することにしました。記録したからといって、番組で伝えられるかどうかはわかりません。誰にも伝えることはできないかもしれない。それでも、一つの資料として記録を続けました。
私は「中等症Ⅱ」という、「重症」の一歩手前の状態でした。呼吸は苦しく、点滴を受けながら安静にしていなければなりませんでした。
「新型コロナウイルスの陽性反応が出て2日目の夜です。現在、熱は36度台で咳せきも出ていません。呼吸が浅くなっておりまして、トイレなどへ少し歩いただけで息が切れるような状態が続いています。レントゲンで見ますと、肺に白いもやもやとしたもの......、綿菓子のような感じですね。が、映っていました。血液中の酸素の量を測ってみます。......いまは96です。この値が90%を下回ると気を付けなければならないと言われております」
このような感じでスマホに向かって喋り、毎日撮影を続けました。具体的に、どのような治療をしているのか、血液検査の結果はどうなのか等、すべて記録しました。リアルタイムで伝えることはできませんでしたが、こうして撮りためた動画は、編集して一部お伝えすることができました。
2カ月後に番組に復帰する際に流すことになったのです。あとから「あのときはこうでした」と語ることもできますが、やはりそのときのリアルな状況の記録には価値があります。いまはスマホで簡単に動画撮影ができますから、思い立ったらすぐにできますよね。もちろん、紙とペンさえあれば書いて記録することもできます。将来伝える素材になりそうなものは、記録しておくことをおすすめします。