厳重警戒の中、1億円を受け取り...経営危機に陥った「アットコスメ」が潰れなかった理由
2025年01月08日 公開
ビジネス書を中心に1冊10分で読める本の要約をお届けしているサービス「flier(フライヤー)」(https://www.flierinc.com/)。こちらで紹介している本の中から、特にワンランク上のビジネスパーソンを目指す方に読んでほしい一冊を、CEOの大賀康史がチョイスします。
今回、紹介するのは『アットコスメのつぶれない話 困難を乗り越え成長を続けるベンチャー経営の要諦』(吉松 徹郎著、ダイヤモンド社)。この本がビジネスパーソンにとってどう重要なのか。何を学ぶべきなのか。詳細に解説する。
危機的状況に慣れる
起業するとどんな危機が訪れるのか。起業後に発生するほとんどの課題は、事業、人、資金の3つだと言われています。というよりは、その全ての領域の課題にほとんど全ての会社が直面することになります。
本書のタイトルにもあるアットコスメは多くの人が利用されているのではないでしょうか。日本最大級のコスメ・化粧品・美容の総合情報サイトであり、コスメのリアル店舗も運営しています。その口コミのデータは化粧品・日用品メーカーでも活用されていて、ドラッグストアでもアットコスメでの1位評価をうたうシャンプーなどをよく目にします。
一見順風満帆に思えるアットコスメ(運営会社はアイスタイル)ですが、例外にもれず様々な危機に直面したことが本書に敷き詰められています。危機として、リアル店舗の出店攻勢最中のコロナ禍、創業メンバーの問題やCOOの解任、創業後の資金とコロナ禍における再建過程などに起きたことが生々しく紹介されています。
本書内でも紹介されているように、実はスタートアップ経営者や中小企業経営者の間では、危機対応の勉強会や相談が表に出ない内々の形で行われています。本書は普段目にすることが少ない情報に触れられる、貴重な機会になるでしょう。
創業秘話
著者はアンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)に勤めた後、化粧品会社に勤めていた山田メユミさんとともに、1999年にアイスタイルを立ち上げます。山田さんは化粧品会社の商品開発部で働いているときに、化粧品を使っている生活者の顔がなかなか見えないという悩みを抱えていたそうです。
アイスタイル創業前の1999年3月に、共同創業者の山田さんは「週刊コスメ通信」というメルマガ配信を始めました。当時化粧品情報をまとめたメルマガが存在しなかったこともあって、発行前の告知で約570人もの購読者が登録されたといいます。ファッション・コスメ分野で最も規模の大きい「週刊ファッション通信」でも購読者は2,700人。まだ一通も記事を配信していないメルマガにしては、相当の反響だと考えられました。
そして著者は化粧品とインターネットの可能性に魅せられていき、「cosme.net」のドメインを取得し、みんなでつくる、みんなのためのコスメガイドというビジネスモデルの中核を構想していきました。著者と山田さんは新婚旅行の資金を元手にして、有限会社アイスタイルを設立しました。
やるべきことが山積みでとにかく人手が必要なので、メルマガの会員などに呼びかけ、10人ほどのメンバーで毎日が文化祭の前日のような日々を過ごしていきます。
ありえないエンジェル投資家に出会う
ベンチャーキャピタルの担当者が飛び込みで営業にきて、「吉松さん、うちなら2週間後に1億円出せますよ! で、事業は何をするんですか?」と聞いてくるほどにITバブルの熱狂の中にありました。しかし、携帯電話売買をめぐる不正の報道により、光通信株式が20日連続ストップ安となり、あっけなくITバブルは崩壊。環境が激変しました。
すでにアルバイトを全員社員雇用するなど、アクセルを踏み込んでいたので、資金の不足が鮮明になり、15人規模になった社員の給与も支払えなくなったそうです。100社ほどのVCに回りつくしたとき、著者のアクセンチュア時代の同期で、後にアイスタイルのCFOとなる菅原さんからの紹介でエンジェル投資家に会うために福岡に飛びました。
盗聴器が仕かけられないようにとの相手の懸念で、腕時計を外してジャケットを脱ぎ、分厚い鉄製の扉を開けて入ったのはいわゆる「秘密の間」。どれだけ時間が経ったかもわからない問いと答えの往復を経て、1億円の小切手をその場で受け取ったそうです。なんともドラマのような展開ですね。ここでの詳しいやり取りはぜひ本書を読んでみて下さい。
COO交代劇、Amazonとの業務資本提携
紆余曲折を経て2012年にとうとう株式上場を果たします。大手広告代理店から取締役として参画していた高松さんにCOOとして事業の大部分をゆだねていたのですが、株式市場からの圧力から売上成長への圧力が強まったこともあって、会社内のパワーバランスが変化し、ビジョンよりも事業上の売上を優先することが多くなりました。サービスとしての理想を追求するために、悩んだ末、事業の柱だった高村さんを解任しました。
その後、2020年から始まるコロナ禍によって環境は大きく変わります。コロナ禍が始まったのはリアル店舗の出店攻勢をかけていた時で、海外のリアル店舗は8店、国内にも24店を展開していたころでした。さらに東京のJR原宿駅前の一等地に構えた大規模なフラッグシップ店舗「@cosme TOKYO」がオープンしたのが2020年1月。まさにコロナ禍の足音が聞こえてくるときでした。
2020年末までのキャッシュフローを計算すると、20億円ほど足りない状況でした。化粧品大手各社からの協調投資の案を進めても、時間ばかりが経ち進まなかったそうです。そしてすぐに意思決定できる先としてカカクコムやクックパッドの社長を歴任された穐田氏の即決によりくふうカンパニーから20億円の出資が実行されました。
目の前の危機を乗り越えたとはいえ、本格的なパートナーが必要という考えとなり、様々な候補企業を検討した結果、リアル店舗にも野心的なAmazonを本命の候補に選んだそうです。それからも株価の下落、出資金額の変更、それに伴う追加投資者への打診など、様々調整が難航した末の2022年にAmazonとの業務資本提携を締結しました。
経営のリアルがわかる素晴らしい本
上記の紹介では詳細までは紹介できませんでしたが、危機が次々と発生していることはわかるかと思います。会社を運営している自分にも、自社で起きてきた問題の数々が思い出されるようで、吐き気をもよおすような本でした。誤解のないように補足すると、それだけ著者の圧倒的な実感がこもっていて、素晴らしい本だと感じました。
著者が繰り返し伝えられていますが、全ての成功企業には世間からは見えない苦労や危機があって、その危機が乗り越えられなければ退場していくことになります。つまり、企業が成功する第一の条件は「つぶれない」ことなのです。危機の乗り越え方には汎用的な知恵やレジリエンスがあるので、本書のような本に触れることや人から話を聞くことで、先人たちの知恵をインストールしておくことが後々役に立ちます。
本書はスタートアップを経営している人だけではなく、スタートアップ等の中小企業に就職する人や、大企業や官庁でもスタートアップに関わる人であれば、ぜひ読まれることをお勧めします。本書『アットコスメのつぶれない話』には誇張ではないスタートアップ経営の現実的危機がつづられています。スタートアップが直面するHARD THINGSに思いを馳せて、手に取ってみていただきたい一冊です。