病気やケガ、自然災害、介護や人間関係、お金のこと、常に私たちの中にある不安や悩み。早稲田大学名誉教授の加藤諦三氏は、それらが私たちの本当の感情を無効にしてしまうことがあるという。
※本稿は、加藤諦三著『不安をしずめる心理学』(PHP文庫)を一部抜粋・編集したものです。
本当の感情を無効化する
無意識にこそ、自分の本当の感情があります。
本当の感情とは自発的な感情です。「寂しいから、あの人を好きになる」というような感情ではありません。
人を好きになるのは寂しいからではなくて、自発的に人を好きになり、また自発的に人を嫌いになるのです。
本来、人にはこの自発的な感情があります。ところが、この本当の感情に気がついていない場合があります。
本当の感情とは、自身が意識している自分の感情とは違います。我々は、「自分が意識している自分=本当の自分」と思っていますが、そんなことはありません。
「自分が意識している自分」というのは、実は本当の感情を偽っている自分であるという場合が多いのです。
では、何が自分自身の本当の感情を無効にしているかというと、それはやはり不安なのです。
不安の範囲は深く広いので、我々の本当の感情はどんどん無効化されてしまいます。そうやって我々は本当の感情ではない、偽りの感情で生き始めるのです。
さらに不安によって、自分自身の本当の感情、願望、考えが打ち消されていくと、思いやりや親しさといった類の感情が失われていきます。
そうして自分を失って生きることの問題は、「人は自分をどう思っているか?」を絶えず気にするようになることです。また、それによって人との関係が断たれます。誰ともつながっていないという感情は、人間にとって耐え難い恐怖です。
本当ではない感情で生き始めると、「人が自分をどう思っているか?」を気にするようになる点について、もっと考えていきましょう。
例えば、いい人を演じすぎて疲れる場合があります。「こんなことをやったら悪く思われないか」、あるいは「こんなことを主張したら『あいつは、出しゃばり』と思われるのではないか」ということが気になるのです。
これは日常的な不安です。相手に悪い印象を持たれることが怖いのです。
このように「こんなことをやったら、出しゃばりと思われないか」という場合もあれば、本当はやってみたいことがあるにもかかわらず、「失敗して笑われるのではないか」と思ってできないという不安もあります。
失敗という体験そのものを恐れている人はほとんどいません。失敗した自分が、人からどう見られるかを考えた時に、人は失敗することに不安を抱くのです。
失敗するという体験自体ではなく、失敗した自分を人がどう思うかが、不安の原点といってもいいでしょう。
「人を喜ばす症候群」は、深刻な劣等感から
会社では、こんなことをしたら上司に嫌われるのではないか、と思って無理をする場合があります。
過労死というのは、昔は世界で日本にしかありませんでした。ですから、欧米では過労死という言葉は「karoshi」という表記で使われているようです。
先日、フィリピンのメディアから、「どうしても過労死が理解できない」という趣旨で取材を受けました。彼らの質問の中に「死ぬまで働くくらいなら、辞めればいいではないか」というものがありました。
これも結局は、上司や同僚に嫌われるのではないかという不安が背景にあります。
周囲の人からダメな人間と思われる、自分の価値を否定されるということは、人間にとってものすごく怖いことです。
不安な人は自我が確立されていません。「他者への逃避」といいますが、自我価値の獲得を他者に逃げてしまうのです。
自分で自分の自我が確認できるか、できないかという点は重要です。「他者への逃避」というのは、心に砦がないことなので、自身のアイデンティティーを他者の承認に求めます。
ですから、人から感謝されたり受け入れてもらったりすると安心したり、喜んだり、満足したりするのです。
深刻な劣等感を抱えているのが、「人を喜ばす症候群」の大きな心理的特徴です。
不安な人は、誰とも心がつながっていません。自己疎外されて、他者へと逃避します。
「自分でない自分になる」「自発的感情の喪失」ということの結果として、「他人に嫌われたくない」「人に好印象を与えたい」という思いが、いわば現代のペストとしてはびこるようになるのです。
自分で自我を確立できない人は、自我の確認のために他人を喜ばすしか方法がありません。
だから本当に思っていることを言わずに、相手に好かれようとして、楽しくもないのに「わあ、楽しい!」などと言うのです。
その一方で、心の中では「こんなことをしたら」、あるいは「こんなことを言ったら相手との関係は終わりになるのではないか」といつもびくびくと怯えています。たとえ相手が見捨てなくても、その人は見捨てられるという不安に怯えている。
その結果、こうした不安から自分を守るために必死になります。いい人と思われたいから謝るのですが、自分の感情を偽って謝るたびに憎しみが湧いてきてしまう。
自分の心が萎えている時に、相づちを打ってしまう人がいるでしょう。つい「そうよねー」などと言ってしまいます。そうしているうちに相手に対して憎しみを持つようになってしまうのです。
生きるエネルギーがないと、こうなります。
空気を読みすぎる人
「自分の価値が他人に頼れば頼るほど、自分を卑しめる機会が増える。」(Nathan Leites, Depression and Masochism, W.W.Norton & Company, Inc. 1979,p.95)
アイデンティティーが未確立であり、劣等感が深刻であるのが、「人を喜ばす症候群」の心理的特徴です。
不安を感じている人は、「自分の生き方は、いまどこかおかしい」というメッセージを受け取っています。ところが、送られてきたメッセージに気づこうとしない人が多いのです。
リンカーンは「万人に気に入られようとすれば自分の力が弱まることを知っていた。」と言います(『ベストを引き出す││人を育てる12のポイント』アラン・L・マクギニス〈著〉、加藤諦三〈訳〉、日本実業出版社、220頁)。
そして、慢性的なうつ病に苦しんだアメリカ大統領リンカーンはこうも言いました。
「ほとんどの人は自分が幸せになろうと決心するだけ幸せになれる。」(AlanLoy McGinnis, The Power of Optimism, Harper & Row Publishers, 1990, p.57)。
自分の価値を信じられれば、別に人に気に入られなくたって構いません。
不安な人は、相手に気に入られようと自己主張を避けます。自己主張がないわけではありません。自分の欲求を犠牲にしているのです。
「古くから、奴隷、罪人、社会的追放者は、受動的な黙従にみせかけて、背後に自分の本当の感情をかくして彼らは自分の恨みを非常にうまくかくしてきたので、表面的には、自分たちの運命にまったく満足しているように見える。満足の仮面は彼らの生きていく手段なのである。」
(『偏見の心理 上巻』G・W・オルポート〈著〉、原谷達夫・野村昭〈共訳〉、培風館、127頁)
自己主張を避ける人は、生き延びるためにひたすら相手に迎合して、相手の言いなりになります。日本には社会的奴隷はいませんが、いまなお心理的奴隷はたくさんいます。







