病気やケガ、自然災害、介護や人間関係、お金のこと、常に私たちの中にある不安や悩み。その積極的解決の一つ「信じる価値への献身」について早稲田大学名誉教授の加藤諦三氏に解説して頂く。
※本稿は、加藤諦三著『不安をしずめる心理学』(PHP文庫)を一部抜粋・編集したものです。
不安に打ち勝った人の心理
不安の積極的解決の一つは、「信じる価値への献身」です。自分が信じている価値があれば、不安と向き合った時、その不安を乗り越えていくことができるということです。
第二次世界大戦時の戦場における兵士の研究があります。それを見ると、戦闘に直面した兵士は、我々が日常生活で持つ不安よりも、はるかに強い不安にさらされています。
しかし注目すべき点は、そうした強い不安にさらされる状況において、その不安に打ち勝った人と、そうでない人がいるという事実です。
では、両者の何が違ったのでしょう。さまざまな調査を見ると、「怯え」「不安」に勝った人は、きちんとした目標を持っていました。
戦場では命の危険に直面します。その危険に怯えるのは、人間の心理として当然です。
そうした心理に打ち勝つために何が大切かというと、「自分は祖国を守るのだ」「自分の家族を守るのだ」「自分は戦うことで自由を守るのだ」、あるいは「自分は国の独立を守るのだ」など、何かをしっかりと信じることです。
他人から押し付けられたのではなく、自身が信じている目標を持っていた場合は、戦闘で怯えることはありませんでした。
不安に打ち勝つために、もう一つ大切なことは、目標を持つと同時に、社会的結びつきがきちんとあることです。例えば、「国にいる家族を守る」「自分の生まれたこの地域を守る」など、そうした社会的結びつきを、きちんと持っていることです。
社会的結びつきがない。言い換えれば、心の触れ合う人もいない、自分が命をかけて守る故郷もないという場合には、戦場という究極的な状況において、その不安を乗り越えるのは、人間にはやはり無理だろうと思います。
ロロ・メイは、アドラーを評価して次のように述べています。
「人間の仲間に属していると意識しているその個人だけが、不安なしに人生を生きぬくことができる。」(『不安の人間学』ロロ・メイ〈著〉、小野泰博〈訳〉、誠信書房、108頁)
ロロ・メイは、アドラーがフロイトの見落とした社会的かかわり合いを強調した点を評価しています。
「またそれゆえに劣等感は社会的結びつきを確認し、増大することによってのみ建設的に克服できるものである、アドラーの主張である。」(同『不安の人間学』106頁)
守るべきもの、信じるもののために
「女は弱し、されど母は強し」という言葉があります。「女は弱し」といいますが、女性の場合でも恋人がいて、その恋人のために頑張るとなったらそれは強いですよね。「されど母は強し」というのは、もちろん子どもがいるからです。
つまり、人は子どものため、恋人のためというように、守るものや、守るべき対象、目標がきちんとある場合には不安と対決できます。反対に、それがない場合、不安の苦しみに耐えられません。
「信じる価値への献身」で、私がよく思い出すのはアメリカ大統領だったリンカーンです。リンカーンは一八六一年に大統領になって、奴隷解放をした人物です。
ところがこのリンカーンは、重度のうつ病だった時期があるという。若い頃、友人たちが「彼の周りに刃物を置いておくと自殺してしまうかもしれないから危ない」と心配し、刃物を取り除くようにしていたほどだったそうです。
では、そのリンカーンが、なぜ奴隷解放をできたのかといえば、やはり信じる価値の実現なのです。奴隷解放をやらなくてはならないと信じたこと。それによって彼は、もっとも困難な南北戦争の時期にも絶望せずに、何とかして奴隷解放を実現させようという機会を探せたのです。
リンカーンのこんな手紙が残っています。
「お母さんが死んで、もう私は生きる力がない」という手紙をある少女からもらった時に、「必ずもう一度、幸せになる」との返事の手紙を書いています。
普通、うつ病になると後ろ向きの発言をするものですが、彼は「必ずもう一度、幸せになる」と言いました。これが信じる力です。そして最後に「自分の決心に応じて、人間は幸福になれる」と言っています。自分が望んだだけ、決意しただけ、決心しただけ、人間は幸せになれると言っているのです。
こうしたエピソードを見ても、私は、幸せになるためにもっとも重要なことは、「誰がなんと言おうと、私は私自身になる」という決心であると固く信じています。
このように「信じる価値への献身」は、うつ病すら治してしまいます。うつ病について詳しくは触れませんが、信じる力には、とてつもない力があるということは知っておいてください。
ガンジーの"自分に対する尊厳"
インド独立の父、ガンジーは中流家庭の出身ですが、子どもの頃は極度の恥ずかしがり屋だったといいます。いじめられて、石をぶつけられるような弱い子どもでした。
その恥ずかしがり屋が、うつ病のリンカーンと同じように、人格の再構成をして、インド独立の父にまでなったのです。
「『シャイで億劫がり屋だった』ガンジーが偉大な建国の父に変わったのも、決意であろう。」(John McCain, Mark Salter, Character Is Destiny, Random House Publishing Group, 2005, p.10)
ガンジーを偉大な建国の父に変えたのは、ヒンズー教への宗教的献身です。
しっかりとした目的を持つことが大きな力となるのです。
ガンジーは虚栄心を自分に対する尊厳と同様に、すべての人の尊厳に対する敬意に置き換えました。シャイで億劫がり屋のエネルギーを、まず自尊に、次にすべての人の命に対する尊敬に置き換えたのです。
虚栄心の反対は自尊の感情、自らを敬う心です。人は自分を尊敬できないから、虚栄心が強くなります。なぜそうなるかというと、生きる目的を見つけられないからです。
虚栄心は捨てようとして、捨てられるものではありません。ですから捨てようとするよりも、信じられるものを探すべきです。
それはガンジーのようにヒンズー教でもいいし、仏教でも、キリスト教でも、もちろん宗教以外でもかまいません。自分が信じられる人や、何か信じられるものを探し、それを足がかりにして虚栄心を捨てるのです。
虚栄心がなぜ問題かというと、ストレスを生み出し、私たちの内なる力を破壊するからです。虚栄心の強い人は不眠症、あるいはうつ病や自律神経失調症になるかもしれません。とにかく虚栄心は生きることをつらくします。
アドラーやベラン・ウルフがいうように神経症は虚栄心が原因です。神経症者は生きる目的を間違えています。自分の生きるエネルギーの使い方を間違えているのです。
私たちが、ガンジーから学ぶべきことは、私たちの中に眠っている大いなる力を知るということです。心の中に眠っている潜在的可能性は、十分に発揮される機会を待っています。
人生を切り拓く最良の手段
リンカーンやガンジーという名前を出すと、何か特別な人のことと思うかもしれませんが、決してそうではありません。
例えば、目が不自由で、さまざまな困難がありましたが、それを乗り越えて幸せをつかんだという人がいます。ある講義の後で、その方から手紙をもらいました。
そこには「私の心はいま、歓喜に満ちています」と書いてありました。「目が不自由だからこそ、分かることがある」ということが書いてあったのです。
その人は数学が好きで、朝五時に起きて数学の勉強をして、ビジネスパーソンとして会社に勤めています。
この方の信じる価値への献身は、ガンジーと同じ種類のものです。いま、あなたの隣にいるであろうあの人も、ガンジーも、リンカーンも、信じる価値への献身は、みんな同じように持てるものなのです。
逆に信じる価値がない、または歪んでいるのは、本当に不幸な状態です。それは心に大きな傷を負っているのに等しい。
「自分自身である」ことが、不安を乗り越えるための最良の手段です。そのためには、自分が信じられる価値を見つけることが大切です。







