ついつい買いがちな「便利グッズ」。しかし、実はその"便利さ"が、脳の老化や物忘れを早めてしまう可能性があると医師の保坂隆さんは警鐘を鳴らします。毎日のちょっとした工夫で、ハツラツとした脳を保つには? 書籍『精神科医が教える 心が軽くなる「老後の整理術」』より紹介します。
※本稿は、保坂隆著『精神科医が教える 心が軽くなる「老後の整理術」』(PHP文庫)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
「便利さが老いを招く」使わない心身の機能はどんどん弱る
インターネットで「便利グッズ」を検索すると、ものすごい数の品目がヒットします。たとえば、読み終えた新聞を縛るための道具、冷蔵庫の扉の開けっぱなしを知らせてくれるセンサー、自動で汚れを見つけて動き回る掃除機...。ひとつひとつ挙げていったら、キリがありません。
こうした商品は作業の手間を省いたり、時間の短縮が謳い文句になっており、「こんなのがあったら良いだろうな」「ぜひ欲しい」と思うものばかりです。
元気な若い世代ですらそう思うのですから、だんだん身体が衰えて身の回りのことが億劫になってくるシニア世代としては、つい購入を考えてしまう気持ちは分からないでもありません。
しかし老後は、できるだけ「便利な商品」を使わないように心がけてほしいのです。なぜかと言えば、理由はいくつかあります。
まず、便利グッズは多くの場合、特定の機能だけに優れているので、多様性に欠けます。たとえば、前出の新聞を縛る道具も、それ以外に用途が見つけにくいものですし、手に臭いがつかないための「にんにくの皮むき器」のような道具は、他に使いようがありません。
その作業を専門に、大量にする人なら話は別ですが、一般の人が少しの作業をするために、わざわざ専用の道具を揃えて使うのは、とても便利とは言えないでしょう。
たくさんの便利グッズの中から「あれ、どこにしまったかな?」と探し回っているうちに、別の方法で作業ができるはずです。老後の限られた収入の中から、安くはないお金を出して、わざわざ買う必要はないものがほとんどと思います。
また、便利グッズの大きな特徴である「時間短縮」というのは、シニア世代にとってそれほど魅力的でしょうか?
時間や余暇はたっぷりあるのですから、ひとつひとつの作業をじっくり丁寧にやったほうが、有意義だと私は考えます。
そしてもうひとつ肝心なのが、老後の元気なうちは、あえて「便利」を遠ざけたほうが、脳が活性化され、身体が衰えずにすむという点です。
自動で動く掃除機は、電源を確保さえすれば人間は頭を使いません。しかし、普通の掃除機や別な道具を使って掃除しようとすれば、どこをキレイにするか自分なりに工夫もしますし、効率の良い作業手順を考えるため、脳が活性化されます。また、体をかなり動かすので運動にもなります。
年齢を重ねていけば、スピードの違いこそあれ、どうしても知力も体力も下り坂になるものです。また若い頃と違って、ふだん使わない心身の機能はどんどん弱っていきます。だからこそ、単純な「便利さ」を選ばずに、頭と体を日常的に使う生活を心がけなくてはいけないのです。
「ワーキングメモリ」物忘れ防止にあえて面倒なほうを選ぶ
先ほど、「あえて便利さを選ばない生活」について提案しましたが、ここではもう少し「便利さ」と「脳」の関係を掘り下げてお話ししたいと思います。
あなたは、次のような経験はありませんか?
「料理の最中に、ご近所さんが回覧板を届けに来た。すっかり話し込んで鍋を焦がしてしまった」
「醤油を買いにスーパーに出かけたら、たまたま大売り出しをやっていた。そこで、あれこれ買い込んで帰宅したところ、肝心の醤油を買い忘れていた」
こうした物忘れは、加齢とともに増えてきます。それも、60代、70代といったシルバー世代ではなく、すでに40代から始まっているという研究データもあるのです。
人間の脳では、長いあいだ覚えておくべきことは「海馬」という部分に記憶されますが、日常生活での「鍋の火を消す」「醤油を買いに行く」など、一時的に覚えておけばいい情報は「前頭前野」(おでこの前あたりにある部分)が関係しています。
目的を果たすまで覚えておくべき、短期の記憶の働きを「ワーキングメモリ」と呼び、これは「作業台」にたとえられます。
その作業台には、だいたい3つくらいの記憶を載せておけると考えられており、たとえば、掃除をしながら「これが終わったら洗濯物を干して、回覧板を回して、歯医者に予約の電話を入れよう」と考えたとします。
ワーキングメモリ(作業台)の上に、記憶がしっかりと載っていれば、掃除が終わってからも次々と用事をこなせるでしょう。
しかし、加齢とともにこの作業台が小さくなってしまうと、記憶がこぼれ落ちて、洗濯物を干したら他の用事は忘れてしまった......となるのです。
まだ現役で働いている世代でも、うっかり次にやる仕事を忘れて、別のことをして時間が過ぎてしまったという経験が、若い頃より増えていると思います。
ただし、このワーキングメモリは、年を取ってからも鍛えることができます。それも日常生活の中で「便利さ」「楽さ」の安易なほうに走らず、あえて面倒だったり不慣れなほうを選ぶだけで、脳のエクササイズになるのです。
たとえば、野菜の皮むきにピーラーを使えば、手を切りにくく、均一に皮がむけるので、子どもでも楽に使いこなせます。大人であれば、多少手元を見なくても作業ができるでしょう。
しかし包丁を使うとなると、そうはいきません。均一にむくために力の入れ方を加減したり、手を切らないように注意を払わなくてはいけません。
そのため、両者を比べた場合、脳が活性化されるのは包丁といえます。だから、あえて「便利なピーラー」ではなく包丁を使うだけでも、ワーキングメモリが鍛えられ、長期的な物忘れ防止につながるわけです。
逆に、いつも包丁を使い慣れている人が、滅多に使わないピーラーを使うと、日常とは違う作業をすることで、ワーキングメモリが鍛えられるというデータもあります。
また、料理をする際も、炒めた材料に混まぜるだけの調味料パックを使うより、少しずつ味見して自分で調味料を調合するほうが、やはり刺激となり脳のトレーニングにもなります。お客様があって手早く作業しなくてはいけない時は別としても、毎日の料理では、できるだけ手作りをおすすめします。
老後で時間にゆとりができたからこそ、日頃から「手間を惜しまない姿勢」が何より大切です。
物忘れを「年のせいだから......」と簡単に諦めて、より楽な方向へと流されるのではなく、小さなことでもせっせと頭と身体を動かすように、日常の暮らしを工夫してみてはいかがでしょうか。







