「リーダー」と聞くと、多くの人は組織の頂点に立ち、人々を統率するカリスマ的な人物を思い浮かべるかもしれません。しかし、リーダーシップとは必ずしも「上に立つ」ことだけを意味しません。むしろ、言葉の意味から考えると「前に立つ」のが本来の立ち位置なのです。
この「前に立つリーダーシップ」が遺憾なく発揮された事例として、日本の食品メーカー・味の素がベトナムで2012年度より開始した「学校給食プロジェクト」のエピソードを、書籍『16歳からのリーダーシップ』よりご紹介します。
※本稿は、一條和生,細田高広著『16歳からのリーダーシップ』(日経BP)を一部抜粋・編集したものです。
ボスとリーダーは違う
皆さんのチームや組織の仲間たちのことを想像してください。そしてもしも、あなたが「自分らしいリーダー」として仲間たちを率いるとしたら、あなたはどこに立ちますか? 集団の中であなたの居場所はどこでしょうか?
ここで組織図を書いてもらうと、多くの人がリーダーを仲間たちの上に描きます。確かに情報や命令は上から 下に流れているようにイメージするのが分かりやすいでしょう。決して間違えではありません。けれどLeaderの動詞形であるLeadという英語は「前を歩いて先導する」「先頭に立つ」という意味です。つまり、上ではなく前に立つのが本来の立ち位置なのです。
人の上に立ち、その地位や権力を利用して人を動かす人は「ボス」と呼ばれます。ボスの力の源泉は権力で、「やるべきこと」を命令することで目的を達成します。一方、リーダーは先頭に立って周囲を導いていきます。権力ではなく、共感力と影響力をもって人を動かしていくのです。通常の組織ではボスもリーダーも必要です。ひとりの人の中にどちらの側面も求められます。
ですが、とくに自分らしいリーダーは、その「らしさ」を十分に発揮することで周囲にいい影響を与えることが期待されています。人の上でふんぞり返っていられる時間は、それほど多くないでしょう。
小学校の給食を変えたベトナム味の素の社員
味の素という日本の食品メーカーがベトナムで2012年度より開始した「学校給食プロジェクト」にも同様に、前に立つリーダーシップを見てとることができます。
当時のベトナムでは、依然として学校給食が提供できない地域が多くありました。また、給食が提供されている都市部の小学校においても、栄養バランスのとれた給食メニューをつくることが困難でした。なぜならば、当時のベトナムには日本のような栄養士という制度がなく、給食調理担当者にも十分な栄養に関する知識がなかったからです。給食の調理場にも衛生上の問題がありました。
しかし、教師や親たちも日常の食事に対する意識が十分ではありません。ベトナムでは夫婦で働く家庭が多いの で、学校の現状を知る機会も少なかったのです。
味の素がベトナムで学校給食の改善活動に取り組むきっかけになったのは、現地のベトナム人社員が学校を訪れて、食事の準備や食事内容の劣悪な状況を目の当たりにしたことでした。彼ら自身もほぼ同じような環境で育ったため、学校給食の貧しさについては知っていました。しかし大人として現場で見た現実は、悲惨でした。
ある地域では、学校給食には肉が多すぎて野菜がほとんど使われていませんでした。また、別の地域では、その逆。栄養の偏りが危惧されました。彼らは自分たちの子どものことを考えました。ベトナムの子どもが健康に育つように、学校給食を改善に動き出してほしいと、経営陣に強く訴えたのです。彼らの熱意に動かされて、味の素は「学校給食プロジェクト」をスタートさせました。
ベトナムで働く味の素の日本人社員は、ベトナムの給食の問題を解決するためには、日本式の学校給食システムが応用できると考えました。日本には専門の栄養士がいて、子どもたちの健康を考えてメニューをつくっています。
とりわけ最近は、学校給食の「おいしさ」を高める取り組みが全国各地で広がっています。地場産の食材の魅力を引き出し、地域の風土や伝統料理に関心を持たせる狙いがあります。美味しい給食は残飯を少なくし、地球環境のためにも貢献できます。楽しく食べる喜びを知り、食に関する正しい知識と生活習慣を身につける食育も重視されています。
しかし、公的なシステムである学校給食を民間企業、それも日本の企業だけで行うことは不可能でした。味の素はベトナムの教育訓練省や保健省、その傘下にあるベトナム国立栄養研究所(NIN)、地域行政と連携して、プロジェクトを開始することにしました。
初年度の2012年度は、ホーチミン市とダナン市で学校長や給食調理担当者、保健担当者、保護者などと意見交換を行い、おいしくて栄養バランスのよい給食メニューの開発と試験導入を実施しました。2013年度にはこの2つの地域で、地域の食文化の特徴を生かしたメニューブックを作成してメニューの標準化を図るとともに、児童向けの栄養教育教材も作成し、毎日の給食前に食育の時間を導入しました。
2014年度以降は、ベトナム北部にもこの活動を拡大するほか、献立づくりのための栄養計算ソフトウェアシステムの開発を独自に進めています。また衛生環境を考慮したモデルキッチンまでつくられました。こうした一連の活動を、味の素は採算を度外視して行ったのです。すべてのきっかけは、子どもたちにおいしくて栄養のある給食を食べさせたい、そのために食に関わる自分の会社に動いてほしいという、強い社員の思いだったのです。







