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日本文学は「ブーム」ではない?『ババヤガの夜』ヒットの背景 【王谷晶×サム・ベット対談】

PHPオンライン編集部

2025年08月22日 公開 2025年08月25日 更新

日本文学は「ブーム」ではない?『ババヤガの夜』ヒットの背景 【王谷晶×サム・ベット対談】

英国推理作家協会によるダガー賞〈翻訳部門〉を受賞した『ババヤガの夜』。日本人作家として初の偉業を成し遂げた著者、王谷晶さんと翻訳者のサム・ベットさんが、受賞後初めて新宿紀伊国屋ホールでトークイベントを行いました。サムさんの緊急来日に合わせ、ババヤガが世界文学としてどのように読まれているのかについて、たっぷり語り合いました。

 

『ババヤガの夜』が注目を集めた理由とは?

王谷晶

世界では日本文学が注目を集めています。ダガー賞の受賞は、日本の小説がさらに世界へ広がるひとつのきっかけになったのではないでしょうか。王谷さんは『ババヤガの夜』が注目を集めた理由についてこう語ります。

「日本文学が特にイギリスでブームになっているという話は数年前から伺っていました。ただ、『ババヤガの夜』はその中でも、少し毛色の違うタイプの作品だったと思います。今まであまり翻訳されてこなかったタイプで、真正面からのエンタメ作品、アクションやバイオレンスを含むエンタメ小説です。女性作家という点も、多少評価の後押しになっているのかもしれません。これまでの作品とは違うものが来た、という驚きがあったのではないでしょうか」

一方で、サムさんは「日本文学はブームではない」と強調しました。

「よく『ブームだね』と言われるんですが、その言い方はやめてほしいんですよね。もし本当にブームなら、後からそう呼んでもいいんです。でも、まだ進行中なんだったら応援してほしい。"ブーム"って終わることを前提にした言葉じゃないですか。抹茶スイーツブームみたいに、後から聞くと古いなあと思う表現になるんです。

日本文学も、世界で活躍できるジャンルです。むしろ"再び"という言葉をつけたほうが正確かもしれません。60年代にも、日本文学はたくさん英訳されていました。三島由紀夫のような作家がそうなんですが。これからも『ババヤガの夜』のように、読めばすぐに作家が楽しんで書いたことが伝わる小説を、これからも世界に届けていきたいと思います」

河出書房新社『文藝』編集長の坂上さんもこの流れについて次のように語ります。

「いろいろな方と話していて、もう単なるブームではなくなったと感じています。むしろ、定着し始めているのではないでしょうか。それはもちろん、日本の素晴らしい作家たちの力であり、同時に翻訳者の方々のおかげです。日本語は漢字、カタカナ、ひらがなが混ざった複雑な言語です。それをしっかり翻訳していただいているサムさんをはじめ、多くの翻訳者の方々の努力が大きいと思っています」

さらに、『ババヤガの夜』はダガー賞だけでなく、アメリカのLGBTQ+文学における最高峰とされるラムダ文学賞のミステリー部門にもノミネートされました。

王谷さんはその知らせを受けたときの気持ちをこう語ります。

「ラムダ文学賞は、日本ではあまり馴染みのない賞かもしれませんが、ミステリー部門の受賞作は昔から翻訳が日本でも出版されていて、私も子どもの頃から読んでいました。そのため、賞の存在自体はよく知っていたんです。

私は日本の中でもとても数が少ないオープンレズビアンの作家です。そして、ラムダ文学賞はずっと憧れの存在でもありました。そこにノミネートされたというのは、本当に、嬉しい以上の気持ちがあります。『私でいいのか』という複雑な感情もありつつ、ものすごく光栄です。ダガー賞のときと同じように、『え、マジで?』とずっと思っています」

サムさんは、この作品の持つ幅についてこう語ります。

「王谷さんが"余地"という言葉を使ったんです。この作品には、そういうふうに読んでもいい"余地"がある、ということですね。クィアな要素もありますし、暴力も満々。いろんな視点で読むことができる力を持っているんです。

これは、王谷さんがダガー賞の授賞式でスピーチされた『曖昧さを受け容れる』という言葉にもつながります。曖昧さというのは、カテゴリー化しにくいという意味だと思います。そういう要素があるからこそ、読者層もさらに広がっていけばいいなと思います」

サム・ベット

 

「今ならもっとやれる」

ババヤガの夜

会場からは、『ババヤガの夜』をもし映像化するなら、どんなキャスティングが良いかという質問も飛び出しました。

「私の書き方としては、まず頭の中で全編がほぼ動画のように浮かんで、それを小説らしく整えていくというタイプです。ですので、書いているときには、ほぼ映像のイメージが出来上がっています。

ご存知の方もいるかもしれませんが、私は映画が大好きで、かなりミーハーな映画ファンです。でも、不思議なことに、執筆中に具体的なキャストの顔が全く浮かんでこないんです。それをやったらもっと楽しいだろうなと思うのですが、どうしても浮かばないんですね。ただ、ネットで柳の希望キャストはいっぱい見つかるんですよね。その方を検索したりして、『おお、なるほど!』と思ったりしています」

ダガー賞の受賞後、王谷さんは執筆以外の業務が通常の10倍になり、大忙しの日々を送っているといいます。そんな中で、次回作についても少しずつ構想を練っているそうです。

「ババヤガ自体は5年ほど前に書いた作品です。その後も何冊か出版させていただき、現在も以前から進めていた終わらない仕事がいくつかあります。『もうちょっとで終わります』とずっと言っている、そば屋の出前のようにしている仕事がありまして(笑)。まずは、それらの作品が出る予定です。その上で、今後はいろいろな作品を書きたいと思っています」

王谷さんは、アクション作品にも再び挑戦したいと語ります。

「ババヤガはとてもお気に入りの作品ですが、今ならもっとやれると思っています。バイオレンス要素も評価していただくことがありますが、もっと過激に書くこともできる。やっていいのかわかりませんが(笑)。雑誌掲載時には編集者さんとの話し合いで、多少マイルドに表現したつもりです。そのリミットを外せるなら、さらにエグく書きたいと思っています。もしかしたら顰蹙を買うかもしれませんが...(笑)」

ダガー賞

 

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