老後の大きな不安のひとつに「お金の問題」があります。定年を迎え、病気や生活費で資金が足りなくなったらどうしよう...そんな思いを抱く人も少なくありません。
精神科医・保坂隆さんは、そうした不安に対し「なるようになる」と肚をくくっても良いのではと語ります。ここでは、保坂さんの著書『精神科医が教える 定年から元気になる「老後の暮らし方」』から、老後の蓄えについて触れた一節をご紹介します。
※本稿は、保坂隆著『精神科医が教える 定年から元気になる「老後の暮らし方」』(PHP文庫)より内容を一部抜粋・編集したものです
老後の一日は貴重 「なるようになる」という達観も必要
人は「慣れ」の生き物でもあります。定年後しばらくすると、たいていの人は大きく変化した経済的枠組みの中で、それなりに暮らしていくようになっていきます。ところが、もう一つ大きな不安のタネがあるのです。
それが「病気や要介護の状態になったとき、まとまったお金が必要になる。うちの蓄えで足りるのだろうか?」という心配です。
「うちの蓄えは少ない。よそはもっとたくさんあるらしい」と思っている人が少なくないようです。
しかし、
「他人の大金よりも、自分の持っている小銭のほうが価値がある」
と『ドン・キホーテ』の作者のセルバンテスも語っているように、肝心なのは「自分のポケットの中のお金」です。
そして、この額で足りるか足りないかは、実は誰にもわからないのです。この先のあなたの人生にいったい何が待っているのか?それによって必要なお金も変わってくるのですから。
足りなくなったらどうすればいいのか......と、いくら悩んでも「ないものはない」のです。だから、そこから先は「なるようになるのだ」と肚をくくってしまえばいい、と考えるのはどうでしょうか?
どうなるかわからない先のことを案じて、毎日を暗い気持ちで暮らすよりも、「なるようになるのだ」と、あっけらかんと暮らしていくほうが、気分はずっと健康的でいいはずです。
「老後の一時間、一日というものは実に大事だ。その大事な一日を『ああ、いいことをした』と思って暮らすかどうかが、人生の幸不幸の決まるところだ」
出光興産創業者の出光佐三は、こう話しています。
自分ができるかぎりの努力をしたと思ったら、あとは運命に任せ、心軽くして生きていく──。
こうした心の境地を目指すのも、「老いの日」を生きる叡智の一つでしょう。
「お金」を残して死ぬよりも、まわりに素敵な「思い出」を残そう
臨死体験者の話などから、あの世があるらしいと考える人も増えていますが、まだ誰一人として正真正銘、あの世のレポートを届けた人はいません。私も医師としての興味があり、「一度、あの世を体験してみたい」とけっこう真剣に思うことがあるのです。
あの世のことなんて、わからないことだらけ。でも、どうやら「あの世はお金がいらない」のは確かなようです。「お金の悩み」から解放されるだけでも、あの世は極楽と言えそうですね。
だから、持っているお金は生きている間に楽しく使う──。これも、定年後のお金の使い方の大事なポイントではないか?私はそう考えています。
質素を通り過ぎて、ケチに徹して暮らしていた人が亡くなった後に、驚くほど高額の蓄えを持っていたことがわかった、という話をときどき耳にします。
Tさんのお姑さんもそんな一人でした。いつも古びてくたびれた服を着て、スーパーの食材売り場に行っても「賞味期限切れ」が近いバーゲン品のラックをのぞくという暮らしを通していました。
Tさんが名店の銘菓を持っていったり、「たまにはお寿司屋さんにでも行きましょうよ」と声をかけると、「あなたは浪費が過ぎる。倹約して、もっとお金を貯めておきなさい」とお説教ばかり。
正直、一緒にいてもあまり楽しい人ではなかったらしいのです。
ところが、かなりの高齢で亡くなった後、億を超える預金があることがわかったのです。残された人間にとって、遺産をもらってうれしいという気持ちはあまりなく、むしろ「あのケチケチ生活は何のためだったのだろう?なぜ、もっと自分が生きているうちに人生を楽しもうと思わなかったのだろう?」と、なんとも割り切れない思いが残ったと話していました。
終末期医療の専門医が書いた「平穏死」についての本に、余命を知らされた高齢者が預金を引き出し、子どもの家族とともに温泉旅行を楽しんだり、それまで行ったこともない有名店ですばらしい美味を堪能し、やがて心満ちて最期を迎えた......というケースが紹介されていました。
残された子どもは、こうして親が悔いなく、生きていることを最大限楽しんでくれるほうを喜ぶのですね。
とはいえ、普通は、自分の残された人生がどのくらいなのかはわかりません。また、自分がいつか死ぬとは考えたくない、いつまでも生きていたいのだと思う心理もあるでしょう。
Tさんのお姑さんのように、もともとの性分もあるでしょうが、ケチに徹する高齢者がいるのは、人生の残り時間がわからないため、お金を使い切ってしまうことへの不安が拭えないのだと思います。
先ほども話しましたが、「いくら残しておけば安心」という金額の目安はあるようでない、というのが本当のところです。
でも、それを案じるあまり、今生きている時間を楽しむことを二の次、三の次にするという暮らし方も本末転倒です。難しいところだとは思いますが、健康で元気なうちに日々を満足させることも大事にしていきたいですね。
「金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ」
というのは、関東大震災の復興で辣腕をふるった後藤新平の言葉です。それを参考にすれば、
「お金を残すよりも、そのお金を使って、まわりの人にかけがえのない思い出を残す」
と考えるのも素敵ではありませんか。その思い出の中に、あなたはずっと生き続けるのです。







