福祉の現場にある「支援疲れ」 “ケアする側の心地よさ”も追及した支援団体の挑戦
2025年09月10日 公開
「福祉」という言葉は、自分や身近に関わりがなければ、どこか遠い存在に感じられるかもしれません。 2025年9月、東京・門前仲町に新しい施設「ながれる」が誕生しました。運営するのは「社会福祉法人 子供の家ゆずりは」。従来の枠組みにとらわれず、人と人がゆるやかにつながる"実験的な集いの場"として開かれました。
オープンに先立ち、開設記念イベント「ながれる、ひらく」が開催され、その理念や空間の特徴が紹介されました。本稿では、所長の高橋亜美さんにうかがった開設の背景や運営へのこだわりについてお届けします。
支援の現場で見えた限界

"自分で自分を心地よくする"を見つけていく――一見すると福祉らしくない響きにも思えるこの言葉が、「ながれる」のコンセプトです。そこには、福祉の現場で積み重ねられてきた課題意識が込められています。
社会福祉法人子供の家ゆずりはの代表であり、「ながれる」の所長を務める高橋亜美さんは、長年にわたり貧困や虐待など困難を抱える人々を支援する中で、「支援者と相談者のあいだに閉じた関係性が生まれてしまうこと」に疑問を抱いてきました。
「支援に疲れを感じる人は少なくありません。本来は安心できる関係であるはずなのに、気づけば互いを傷つけ合ってしまう。ケアする人が相談者を大切に思えなくなる――そんな現実に直面することもあります。それは一番悲しいことだと思うんです。
ケアする人が"捧げる人"になりきってしまうことに限界を感じて、ケアする側も自分を大事にできる場所が欲しい。その思いが、この場をつくるきっかけにもなりました」
支援の現場を知らない多くの人にとって、貧困やDV、予期せぬ妊娠、帰る家がないなどの課題は、ニュースやSNSで「なんとなく知っている」程度の存在かもしれません。福祉と聞くと、どこか敷居が高く、専門知識がなければ関われないもののように思えてしまいます。
けれど、支援を必要とする人も、社会の中で暮らす一人の生活者です。"普通"に暮らす人々と自然に混ざり合うことが、滞ってしまった福祉の現状を変える始まりになるのかもしれません。

その視点から、「ながれる」ではワインや日本酒、茶葉や調味料といったこだわりの品も販売しています。代表の高橋さんが自ら選び、この取り組みに共感してくれるお店と取引しているのです。
「自分の"好き"を集めることで、訪れた人もそれぞれの"好き"を考えたり、気づいたりできたらいいなと思います。
これまで支援事業の一環として『ゆずりはのジャム』を作ってきましたが、支援の枠にとどまらず、自分たちの活動資金をきちんと稼ぐために物を販売していきたいと考えています」

「ながれる」は、福祉に関心があってもなくても、人と話したい、悩みを共有したい、商品を購入したい、イベントに参加したいなど、どんな理由でも気軽に訪れることのできる場所であることを大切にしています。
流動的な人の出入りを目指す

そんな「ながれる」の理念は、施設の空間づくりにも反映されています。
人と人が自然につながり、訪れた人が自分のペースで心をほどけるように、キッチンやシャンプーベッドなど多様なスペースが設けられています。
プロによるヘッドスパや温かな料理を楽しむ企画なども、不定期のイベントとして開かれていく予定です。イベントは外部から企画を持ち込んでもらうことも想定しており、人の出入りを活発にしていきたいと高橋さんは話します。
開設記念イベントには、多くの人が絶え間なく訪れていました。
団体と以前からつながりのある人、新しい活動に関心を寄せる人、地域の住民...。熱気に包まれた建物の中では、ケータリングを囲んで談笑したり、展示を眺めたりと、来場者それぞれが思い思いの時間を過ごしていました。その光景は、まさに高橋さんが描く「ながれる」のこれからの在り方を映し出しているようでした。
福祉の枠を越えた設計
「ながれる」の建物は4階建てです。
1階〈ゆるめる〉には前述の通り物販やキッチンがあり、自然な交流が生まれるスペースに。

2階〈めぐらす〉には本棚が設置され、木目調のデスクやベンチで自由に本を読んだり、作業をしたりできます。展示やワークショップの会場としても活用される予定です。

3階〈ほどく〉はシャンプーベッドを備えたリラクゼーションフロア。9月中旬には予約制でヘッドスパを体験できるイベントも計画されています。

特に印象に残ったのは、4階〈めざめる〉の宿泊スペースと、その上にある屋上ガーデン〈そよぐ〉でした。
宿泊スペースが設けられた背景には、「ゆずりは」での経験があります。2011年の開所以来、児童養護施設や里親家庭を巣立った若者や、親を頼れず孤立する人たちの相談に向き合ってきました。
就職や進学をしながらも住まいが安定せず、働き続けることも学び続けることも難しい――そんな姿を数多く見てきたことから、「安心して休める場所」を持つことは欠かせないと考えたのです。
ただ、従来のシェルターは生活に制約が多く、その閉鎖的な環境が利用者にとって新たな負担になることもありました。「ながれる」ではそうした制限を取り除き、比較的オープンな空間として宿泊スペースを位置づけています。

料金はかからず、専門スタッフのヒアリングや説明を受けたうえで滞在できます。部屋の正面には大きな窓があり、都会にありながら自然光が柔らかく差し込む心地よい空間でした。

4階から階段を上がると屋上〈そよぐ〉へ。生い茂る植木からハーブの香りがただよい、門前仲町という密集した街並みにあるのに、空を広く感じられる開放的な場所になっています。

何らかの事情を抱えてここに来た人が、光や緑に包まれながら、人とのゆるやかなつながりを通して心をほどいていける。取材を通じて、「ながれる」はまさにそんな建物だと感じました。
これからの福祉の形を考える
高橋さんにとって「ながれる」は一つの挑戦だといいます。ケアする人、ケアされる人の直線的な福祉から飛び出し、「安心できる社会」を感じてもらいたい。そして、このような福祉のスタイルが各地で広がっていくことも、「ながれる」の運営を通して見てみたい景色だと話してくれました。
「ながれる」はかつてない福祉の取り組みであるからこそ、公金はまだついていないそう。そのため、事業として継続させるために寄付を募っています。寄付の詳細はホームページより。
門前仲町の駅を出てすぐ、人々が行き交う街の中にあるこの施設。この場所を訪れる一人ひとりの関わりが、「ながれる」を育て、未来の福祉を形づくっていくのかもしれません。
(取材・執筆・編集:PHPオンライン編集部 片平奈々子)
【ながれる】
●公式サイト
https://nagareru.acyuzuriha.com/
●営業日
木、金、土曜日 11:00~17:00
※9月中はイベント営業のみ。イベント詳細はInstagram(@nagareru_hak) より
●アクセス
東京都江東区富岡1-12-2
東京メトロ東西線・門前仲町駅1番出口徒歩1分
都営大江戸線・門前仲町駅3番出口徒歩3分






