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生徒を叱るつもりがハラスメントに...部活動で崩れる教育と暴力の境界

安藤俊介(一般社団法人日本アンガーマネジメント協会 ファウンダー)、松島徹(一般社団法人日本アンガーマネジメント協会理事)

2025年10月03日 公開

生徒を叱るつもりがハラスメントに...部活動で崩れる教育と暴力の境界

部活動の指導は「厳しさ」がつきもの。けれど、それが行きすぎれば暴力やハラスメントになってしまいます。広陵高校野球部の事件は、その境界線の曖昧さを私たちに突きつけました。教育的な叱り方とハラスメントの違いは何か。

日本アンガーマネジメント協会ファウンダーでスポーツハラスメントにも詳しい安藤俊介さん、そして同協会に所属し、スポーツ指導者に向けた研修も担当する松島徹さんにお話しいただきました。

 

スポーツハラスメントとは

――そもそもスポーツハラスメントとはどのようなものを指すのでしょうか。

【安藤】指導における暴力や暴言はもちろんですが、概念はもっと広いものです。Jリーグが取り組んでいる「セーフガーディング」という考え方も近く、安全に子どもの人権を尊重して指導していく。その逆にあたるものはすべてハラスメントだと考えられます。例えば、練習に向かう子どもを危険な状況に置いていないか、過保護すぎて成長を妨げていないか。そうしたことまで含めて議論され始めています。

――近年は、顧問の先生の負担軽減のため、地域や外部の人材が部活動の指導に入る動きも広がっています。その際に考えられる問題点はありますか。

【安藤】現在、スポーツ指導者は非常に多くいますが、その資格を更新する際に教育を受ける仕組みがあります。JSPO更新研修担当講師の松島からお話しさせていただきます。

※JSPO更新研修=日本スポーツ協会が定める公認スポーツ指導者資格の更新に必要な研修。スポーツ医科学や指導者倫理、ハラスメント防止などを学ぶ。

【松島】部活動指導の地域移行に関しては始まったばかりの取り組みなので、事例もまだこれからという状況です。一方で、地域のクラブチームなどでは指導経験があるがゆえに強い口調になってしまったり、子どもに伝わりにくい言葉で指導してしまったりすることが課題として挙げられます。

私自身も地域のサッカー少年団などで指導にあたることがありますが、声かけが不適切だと感じる場面は少なくありません。「お前」という呼びかけなど、ビジネスの場面では使わない言葉でも、子ども相手には平気で使われてしまう。それが子どもにどう受け止められるか、指導者自身が把握できていないのです。

――指導者は、どうして客観的な考えのもと指導ができないのでしょうか。

【安藤】結局、自分が経験してきた方法以外を知らないんです。しかも、それを学び直す機会がこれまで多くなかった。いまは各競技で技術や指導法の解析が進み、「新しい技術」や「新しい時代のマネジメント」を学ぶ流れが少しずつ出てきていますが、現場では依然として「自分がやってきたやり方」を教えることが多い。自分が殴られて育った人は、殴ることが"正しい"と誤解してしまう、という連鎖が起きます。

――生徒から生徒へ、先生から生徒へと、ハラスメントが連鎖していくわけですね。

【安藤】そうです。ハラスメントをしてしまう指導者には大きく4つのタイプがあると考えられています。

1) 確信犯型:暴力は指導に有効だと本気で考えている。
2) 指導方法不明型:暴力以外の方法を知らない。
3) 感情爆発型:感情のコントロールができない。
4) 暴力志向型:暴力そのものを好む。

1) には「暴力は教育的に有効ではない」という理解を徹底するしかありません。2) には適切な指導法を学んでもらう。3) にはアンガーマネジメントなど感情との向き合い方を習得してもらう。4) は医療的介入が必要なケースもある。ハラスメントをなくすためには意識の見直しや、必要に応じて専門家のサポートが必要だと思います。

 

ハラスメント改善に時間がかかる、スポーツ界の特殊性

――スポーツ現場におけるハラスメントは日本特有なのでしょうか、それとも海外でも同様の事例はあるのですか?

【安藤】海外でも問題はあります。アメリカでは、若年スポーツ選手への性的虐待、心理的虐待、身体的虐待が問題になった時期があります。2017年にセーフスポーツセンター(U.S. Center for SafeSport)が設立され、2018年には若年選手を性的虐待から保護する法律も制定されました。

サッカーの世界では人種差別への対策も大きなテーマです。

【松島】サッカーでは日本人やアジアの選手が海外でプレーする機会が増えるにつれ、相手チームや観客のパフォーマンスで揶揄される事例も報じられてきました。こうした言動も、選手の尊厳を損なうものとして問題視されています。

――日本でも海外でも、スポーツハラスメントの改善はまだ道半ばに見えます。なぜ進みにくいのでしょう。

【安藤】スポーツが本来的に「勝利」に重きを置く領域だからです。これは日本だけでなく海外でも同様です。結果を出せば莫大なお金が動く世界もあります。そうすると「勝てるなら仕方ない」という発想に、選手側も指導側も流されやすい。

――「ある程度の厳しさは選手を強くするのか」という疑問もあります。

【安藤】難しいのは、どこまでが"厳しさ"で、どこからが"人権侵害"かという線引きです。会社でも同じですが、マネジメントは「丸投げで放任すること」でも「24時間365日を要求すること」でもない。規律と尊重のバランスが必要です。

 

“怒り方”における、教育とハラスメントの境界とは

――学校現場にお話を戻すと、「怒る」「叱る」「ハラスメント」――言葉はいろいろあります。教育的な叱り方と、ハラスメントの"怒り方"は、どこが決定的に違うのでしょう。

【安藤】相手の人権を尊重しているかが基準です。「あなたのため」という主観ではなく、人権を侵さない形で行動改善を促せているかどうか。ここが境界線です。

【松島】前回、「愛のムチ」という言葉は軍隊の名残だという話が出ました。その言葉自体が、暴力や威圧を正当化してきた面があると思います。本当に相手のためか、と問うと、指導者の行為を正当化する口実になっていた例が少なくない。最近は使われなくなってきました。

【安藤】「アメとムチ」という表現も、実は好ましくありません。報酬で釣れば、報酬がないと動かない、という学習に陥る。教育・指導として望ましいかは疑問です。

――子どもを指導する立場の人も、人権意識を強く持つ必要がありますね。

【安藤】そうですね。ただ、最近の教員不祥事を見ると首をかしげる事例もあります。昔から存在したのにSNSがなかったため可視化されなかった、という面もあるでしょう。加えて、教員の人手不足でミスマッチが起きやすい現実もある。待遇や負担の問題も無視できません。

――先生やコーチは、勝利への士気を高めつつ、選手を大切にする...この両立はどうすればよいでしょう。

【安藤】理想論かもしれませんが、まず「何のためにスポーツをするのか」を問い直すことです。プロ養成のために勝利を最優先するのか、スポーツを通じて人間的成長や健康、主体性を育むのか。目的が曖昧だと「とりあえず勝てばいい」に流れ、結局は自分が育ったやり方をそのまま踏襲してしまう。

――勝ち以外のスポーツの意義として、何が挙げられますか。

【安藤】体力や健康の増進、自己効力感や主体性の育成、チームワークやコミュニケーションなどの社会的スキルの習得――人間的成長に資する価値は数多くあります。本来はそこを獲得できるはずなんです。

――とはいえ、現場では「勝とう」と言わないと士気が上がらない、という悩みもありそうです。

【安藤】「勝利を目標にする」こと自体は否定しません。問題はやり方です。企業でも「売上」を目指すのは自然ですが、だからといって常時過剰労働を強いるのは間違い。メディア運営でもPVだけを追えば、品質や信頼が毀損しますよね。スポーツも同じで、成果と人権の両立が必要です。

(取材・執筆:PHPオンライン編集部 片平奈々子)

著者紹介

安藤俊介(あんどう・しゅんすけ)

一般社団法人日本アンガーマネジメント協会 ファウンダー

一般社団法人日本アンガーマネジメント協会 ファウンダー/アンガーマネジメントコンサルタント/ナショナルアンガーマネジメント協会 公認トレーニングプロフェッショナル/ナショナルアンガーマネジメント協会 日本支部長/新潟産業大学客員教授
アンガーマネジメントの日本の第一人者。アンガーマネジメントの理論、技術をアメリカから導入し、教育現場から企業まで幅広く講演、企業研修、セミナー、コーチングなどを行っている。アメリカに本部のあるナショナルアンガーマネジメント協会では15 名しか選ばれていない最高ランクのトレーニングプロフェッショナルにアジア人としてただ一人選ばれている。

松島徹(まつしま・とおる)

一般社団法人日本アンガーマネジメント協会理事

一般社団法人日本アンガーマネジメント協会 理事/アンガーマネジメントコンサルタント/アンガーマネジメント経営賞プロジェクトリーダー/本部主催講座登壇講師/JSPO更新研修担当講師
上場企業を中心に複数社で人事マネージャーを務めた経験を活かし、組織におけるハラスメント対策をはじめ、実践的なアンガーマネジメントの方法をお伝えしています。
これまでに マネジメント層向け研修、1on1指導、階層別研修 など幅広い形で登壇し、累計 15,000名以上 に研修を実施してきました。
アンガーマネジメントを学ぶことで、怒りのコントロールだけでなく、組織内での適切なコミュニケーション方法も身につけることができます。研修では、かつて自らも怒りに悩んだ経験を踏まえ、どのように実践してきたかを具体的にお伝えしています。
これまでに IT企業、製造業、教育委員会、社労士会、航空会社、プロスポーツチーム など多岐にわたり、業種を問わず導入いただいています。

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