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“パン飲み”がじわじわ流行中 ベーカリーカフェの成功から見えたある共通点

池田浩明(パンラボ主催)、瑞穂日和(ライター)

2025年11月18日 公開

“パン飲み”がじわじわ流行中 ベーカリーカフェの成功から見えたある共通点

パンを主役にしてコーヒーなどを楽しむスタイルが日常となり、パンとカフェを一緒に楽しめる「ベーカリーカフェ」が人気を集めています。

なぜそれほどまでにベーカリーカフェが世間に浸透しているのか。10年以上もパン教室に通い、現在もパンに深く携わっている瑞穂日和さんは、成功しているお店には"とある共通点"があると語ります。

※本稿は、池田浩明・瑞穂日和著『パンビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

最も大切なことは“パンの魅力を最大限に引き出すこと”

今、街の中でベーカリーカフェというスタイルが、存在感を増しています。単なるパン屋さんでも、カフェでもなく、そのふたつを掛け合わせた場が、ライフスタイルに寄り添う注目業態として注目されているのはなぜでしょうか。

そして、数あるベーカリーカフェの中でも成功している店には、どんな共通点があるのか。その理由を探ってみましょう。

成功するベーカリーカフェに共通している最も重要なポイントは、パンそのものの魅力を最大限に引き出していることです。小麦の個性を活かし、低温長時間発酵でうま味を凝縮させたカンパーニュのようなハード系や、食パン、ブリオッシュに旬の果物を使ったデニッシュなど、パンを中心に据えたメニュー展開はパン好きの心を強く掴みます。

また、パンを単体で完結させず、料理やドリンクと組み合わせる「食のトータル提案」ができているかどうかも大きなポイントです。たとえば自家製のリエットやキッシュ、グリル野菜のマリネなど、パンと一緒に楽しめる小皿料理を用意すれば、ランチだけでなくディナータイムの需要にも対応できます。メニューの幅が広がることで滞在時間が延び、リピーターの増加にもつながります。

実際、パン飲みという言葉がじわじわと浸透するなかで、お酒を提供するベーカリーカフェが増えているのは象徴的な流れです。ワイン、クラフトビール、シードル、日本酒など、パンとの相性を意識したセレクトが光る店舗は、食文化を体験できる場としても話題を集めています。

また、グラス1杯から楽しめる価格設定や、立ち飲み感覚の気軽さなど、ベーカリーカフェならではのカジュアルさが、「ちょっと飲みたい」「ひとりで軽く一杯」という現代的なニーズとぴったり合致。とはいえ、ただお酒を置けば成功するわけではありません。パン飲みを提案する店が増えた今、来店するお客様の中にはお酒に詳しい人も多く、曖昧なセレクトでは、お酒に詳しくないとすぐに見抜かれてしまいます。

納得のいく商品ラインナップを整えるには、パン職人やスタッフもお酒について学ぶ必要があり、そのためにはある程度の準備期間と努力が欠かせません。

 

時代の流れを読む力も成功の秘訣

加えて、成功しているベーカリーカフェは、例外なく空間作りにも力を入れています。内装の素材使いから店内デザインにこだわることで、ワクワクする、リラックスできるなど、五感を通じてパンの魅力を伝える役割を果たします。また、食器やメニューのデザイン、スタッフのユニフォームや接客のトーンまで、すべてがひとつの世界観として統一されている店は、SNSでも映えると話題になりファンが集まる場所となります。

ベーカリーカフェがここまで注目を集めている背景には、現代のライフスタイルの変化があります。朝食をゆっくり楽しみたい人、在宅ワークの合間に軽食をとりたい人、ひとりで静かに飲みたい人...。

食べる時間も目的も多様化するなかで、ベーカリーカフェは"朝から夜まで、カフェからバルまで"という柔軟な対応が強みです。実際に人気のベーカリーカフェは、モーニング、ランチ、午後のカフェタイム、夜のパン飲みまで、日常の中で何度でも立ち寄りたくなる場所として機能しています。

また、ローカルとの結びつきも見逃せません。地元の素材を使ったパンや近隣の農家から仕入れた野菜、地域の酒蔵が造る日本酒など、地域との連携を大切にしている店はその土地ならではの個性を育みます。

成功しているベーカリーカフェは、時代の気分を敏感にとらえ、パンの可能性を料理、空間、時間と融合させながら広げています。ただのパン屋にとどまらない食のサードプレイスとしてのあり方が、これからのパン屋さんの新しい形を示しているのかもしれません。

 

これからのパン屋に求められる、“パンがある時間の演出方法”

カフェを併設したパン屋さんは、パンの魅力を伝える手段としてとても有効です。店内で焼きたてのパンを味わえる体験は、香りや食感、合わせる料理やドリンクとの相性まで含めて、パンの世界をより深く知ってもらうきっかけになります。

では、テイクアウト専門のパン屋さんはパンの魅力を届けられないのでしょうか。決してそうではありません。

むしろテイクアウト中心のパン屋さんだからこそ、「買ったあと、どう楽しんでもらうか」までを丁寧に提案することが、今とても大切になっています。たとえば、家庭やオフィス、手土産といったさまざまな生活シーンに向けて「どう食べるとよりおいしいのか」「どんな料理と合わせると楽しいのか」といった食体験のヒントを添えることで、パンは単なる食品ではなく、日々の暮らしを豊かにする存在へと変わります。

カフェ併設型であっても、テイクアウト専門であっても、「パンのある時間をどう演出するか」という視点をもつことが、これからのパン屋さんにとって鍵になるのではないでしょうか。たとえばハード系のパンを「チーズやナッツと合わせてワインのお供に」と提案すれば、それだけで家庭での"パン飲み"を楽しむきっかけになります。

または、「翌朝は軽くリベイクして、オリーブオイルをたらして食べて」とひと言添えるだけで、そのパンが翌朝の楽しみに変わります。パンと一緒に、ちょっとした"食べるアイデア"を伝える視点こそが、パン屋さんの魅力をぐっと引き上げるのです。

カフェスペースがなくても、パン屋さんは料理や飲み物との組み合わせを伝えることができます。そこで活躍するのが、店頭に置かれたポップやプライスカードです。プライスカードは、お客様と作り手の想いをつなぐ小さなメディアともいえます。

商品名と価格だけしか書かないなんてもったいない。どんな素材を使い、どんな製法で焼いたパンであるかをひと言添えるだけで、味の想像が膨らみます。さらに「冷たいヴィシソワーズと」や「軽めの赤ワインとよく合います」といった組み合わせの提案を加えれば、食べる楽しみはもっと広がります。

 

“情報力”ד提案力”で通い続けたくなるパン屋に

加えて、SNSの活用も見逃せません。「今週のおすすめ食べ合わせ」や「パン飲みセットのご提案」など、新商品や季節ごとの提案を投稿することで、オンラインでも継続的にお客様に食べ方のアイデアを届けることができます。

パンは料理ほど構えた印象がなく、それでいてスイーツよりも"食"に近い。だからこそ、日常の中で「ちょっと特別な時間」を演出するのにぴったりな存在です。週末のブランチや仕事終わりのご褒美パンに家族へのお土産、友人へのプレゼントなど、パンはあらゆるシーンに自然に寄り添ってくれます。

最近はリモートワークの定着や外食機会の減少といった背景もあり、自宅でおいしくパンを楽しむニーズは確実に高まっていると感じます。パン屋さんは「食卓を豊かにするヒントをくれる場所」として、これからますます期待される存在です。

食べ方の提案に加えて、保存方法について伝えることもひとつ。たとえば「大きなハード系パンはカットして冷凍しておくと便利です」といった一言があるだけで、お客様の食卓がより快適になります。そんな暮らしに寄り添う提案こそが、信頼とファンを育てていくのだと思います。

パン屋さんは今後、情報発信力と提案力がますます求められるはずです。パンの魅力は焼き立ての香りや見た目だけではありません。そのパンが食卓にのぼるとき、どんな風に楽しんでもらえるか―。そこまで想像し提案できるパン屋さんこそが、これからの時代に支持されていく存在になるのではないでしょうか。

著者紹介

瑞穂日和(みずほ・びより)

編集者、ライター、ブレッドコミュニケーター

大学卒業後、一般企業に就職。働きながら料理研究家の調理・取材アシスタントを務めたことをきっかけに出版業に興味を持ち、編集プロダクションへ転職。その後、外資系出版社でも料理雑誌の編集に18年近く携わり、もともとパンとスイーツ関連の記事づくりを得意としていたことから、同誌でも長年にわたり特集を担当。
さらにパンの世界を深く知るために、プライベートで10年以上もパン教室に通い、最低限の製パン知識も習得。現在は、「パンを中心にライフスタイルを豊かにするお手伝い」をテーマに、パンコミュニケーターという肩書で活動もしている。

池田浩明(いけだ・ひろあき)

パンラボ主催、ブレッドギーク、ブレッドコミュニケーター、NPO法人新麦コレクション理事長

出版社勤務を経てパリ遊学後、ブリオッシュを食べた際に、特定のにおいがそれに結びつく記憶や感情を呼び起こす「プルースト現象」によりパンに覚醒し、パン専門ライターとなる。2010年には、パンの研究所「パンラボ」を設立。
東においしいパン屋あると聞けば行ってパンを食べ、西にすごいパン職人がいると聞けばその声に耳を傾け、南に偉大な小麦農家ありと聞けば土を掘り返し、小麦をなめる。メディア出演や講演、小麦粉のプロデュース等にも携わる。
著書に『パン欲』(世界文化社)、『食パンをもっとおいしくする99の魔法』(ガイドワークス)、著書『Hanako特別編集 池田浩明責任編集 僕が一生付き合っていきたいパン屋さん。』(マガジンハウス)、『パンのトリセツ』(誠文堂新光社)等がある。
https://x.com/ikedahiloaki
@ikedahiloaki

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