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令和ロマン・くるま「M-1の正解を知っていると思われるけど」 三宅香帆と考える、考察文化の現在地

三宅香帆(文芸評論家)、髙比良くるま(令和ロマン・お笑い芸人)

2025年12月19日 公開 2025年12月19日 更新

令和ロマン・くるま「M-1の正解を知っていると思われるけど」 三宅香帆と考える、考察文化の現在地

なぜ令和の若者は「正解」を欲しがるのか。「考察」と「批評」は何が違うのか。著書『考察する若者たち』が発売1カ月で8万部を超えるなど話題を呼ぶ三宅香帆さんと、Ⅿ-1グランプリで前人未踏の連覇を達成し、『漫才過剰考察』がベストセラーになった「令和ロマン」髙比良くるまさんが、「考察の時代」を語ります。

※本稿は、『Voice』(2026年2月号)より一部抜粋、編集したものです。
本対談の内容の一部は、三宅香帆氏のYouTubeチャンネル「三宅書店」に「令和ロマン・くるまさんと『考察』について爆語りしたら、時間が足りませんでした」として公開中。

構成:中西史也(PHP新書編集部)
写真:片平奈々子(PHPオンライン編集部)

 

『スキップとローファー』が描く若者たち

【三宅】くるまさんとは、今年(2025年)1月に放送された「令和ロマンの娯楽がたり」(テレビ朝日)にお呼びいただいたときに、「人はなぜ考察せずにはいられないのか?」というテーマでお話しさせてもらいました。
私は先日、月刊誌『Voice』の連載をまとめた『考察する若者たち』(PHP新書)という本を出したのですが、じつは「娯楽がたり」のオファーをいただいたきっかけは、プロデューサーの方が『Voice』の連載を読んでくださっていたからなんです。

【くるま】そうだったんですね。

【三宅】くるまさんも『漫才過剰考察』(辰巳出版)を出されていて、15万部を超えるベストセラーになっています。今回はそんなくるまさんと、あらためて「考察」についてお話しできればと思います。

【くるま】ありがとうございます! 今日の対談、僕も心から楽しみにしていたんです。『考察する若者たち』を読ませてもらいましたが、三宅さん、すごいですよ。普段ほとんど活字の本を手にとらない僕に、最後まで読み切らせたんですから。
僕は文章の背景を考えすぎちゃうところがあって、本を1冊読むとなるとものすごく時間がかかるんです。子どものころに『ハリーポッター』を読んだときなんて、1年くらいかかりましたからね。

【三宅】そうだったんですね(笑)。

【くるま】でも『考察する若者たち』は、三宅さんと同世代の僕(ともに1994年生まれ)にとっては馴染みがある漫画やドラマ、アニメがいくつも紹介されていたこともあって、とても読みやすかったです。

【三宅】嬉しいです。

【くるま】と言いながら、三宅さんが書いている内容をちゃんと理解したいから、読み進めるのを一度止めて、この本に紹介されている漫画の一つ『スキップとローファー』(高松美咲、講談社、以下『スキロー』)をいったん全部読んで、また『考察する若者たち』に戻ってきたりしていました。こういう調子だから、新書や小説は読むのに時間がかかっちゃうんでしょうね。

【三宅】いやいや、むしろ理想的な読み方ですよ。『スキロー』はもちろん純粋に作品として大好きですが、いまの若い世代を理解するのにうってつけの漫画であるとも思っているんです。ちなみに、『スキロー』を読んでみていかかでしたか?

【くるま】最高でした! まず、東京の高校を舞台とした学園物として、内容がとても面白い。そのうえで印象的だったのが、コミュニケーションツールとして「LINE」が当たり前のように描かれていること。
登場人物が「LINE」のグループでやり取りしている様子を見て、「まっ、まぶしい。くぅ~!」っていう気持ちになりました(笑)。僕は中高一貫の男子校出身なので、共学の青春のようなものを浴びましたね。

【三宅】わかります! 私は高校は共学でしたが地方だったので、「東京の高校生は当たり前のように神保町を出歩けるのか!」とうらやましく感じてしまいました。

それと、高校生の主人公たちが悩み事を抱えたとき、私たちの世代であればまず友人に相談しませんでしたか? でも『スキロー』では、主人公がむしろ友達には気をつかって相談をためらう場面がありますよね。そして主人公は結局、友人ではなく家族に相談する。
少なくとも私にとっては、家族に悩み事を打ち明けるのはどこか気恥ずかしく、むしろ友人のほうが気兼ねなく相談できたので、『スキロー』のそうした場面は現代社会を象徴している描写として受け止めました。

 

批評と考察、どちらが正解に近いのか

【くるま】『考察する若者たち』を読み進めると、帯に書かれている「なぜ令和の若者は『正解』を欲しがるのか?」という問いかけの意味がわかった気がしました。
僕も三宅さんと同じ時代の平成を過ごしましたが、自分より少し下の世代の芸人仲間と会話していると、たまに食い違うことがあります。芸人って本来、どんなキャリアを歩めばいいのかといった「正解」がない最たる職業です。 

でも後輩芸人からは、たとえば「何年目までに『M‐1グランプリ』に出て、ほかにこれもやらなきゃいけないですよね?」と、さも正しい"キャリアアップ"の仕方が存在するかのように相談されることがある。そんな話を聞くと、「えっ、人生にしても仕事にしても『正解』に走るのが嫌だから芸人をやってるんじゃないの?」って思っちゃうんですよ。

【三宅】ただ一方で、世間では、令和ロマンはM‐1で二連覇(2023年、24年)されているので、「お笑いの『正解』を知っている人」というイメージをもっている人が少なくないと思います。くるまさん自身は正解を求めていないとしても、周りからはそう見られているのでは。

【くるま】そうなんですよ! だから僕は今回『考察する若者たち』を読んで、「『正解』を求めていない自分」と、「『正解』を知っていると思われている自分」というギャップがなぜ生まれているのかがよくわかったんです。この本のなかでは、「考察」と「批評」が対比されて書かれていますよね。

【三宅】「考察」は「こう考えているんじゃないか」という作者の意図、すなわち「正解」のようなものを当てにいく行為だと、私なりに定義しました。それに対して、「批評」は作者が実際に何を考えているかは関係なく、「正解」を求めずに自分の解釈を巡らす営み、として位置付けています。

【くるま】じつは僕はまったく逆の認識だったんですよ。僕が「考察」という言葉を聞いて思い浮かべるのは、正解とか関係なしに、作品を深読みしたり解釈したりすることでした。
たとえば、『ONE PIECE』(尾田栄一郎、集英社)の考察動画を観ていても、「はいはい、そんな予想違うに決まってるでしょ」っていう突拍子もないものもありますよね。僕にとっては、あれが「考察」のイメージだったんです。

一方で「批評」は、批判の「批」に評判の「評」と書くぐらいだから、「この作品についてジャッジします!」っていうニュアンスがあるじゃないですか。さまざまな勉強をしてきた批評家が、あらゆるデータを引っ提げ、客観的に「これが『正解』でございます!」と判定するのが「批評」だと思っていたんです。

【三宅】「批」のイメージ強めですね。

【くるま】だから『漫才過剰考察』のタイトルを考えるときも、「批評」という言葉は使いませんでした。僕は漫才について客観的で大それたジャッジなんかできないし、「正解」もわかりませんから。
実際、『漫才過剰批評』なんてタイトルの本を出したらヤバいでしょう(笑)。でも、主観的に勝手に考えて、何かを察する「考察」くらいならできるかな、と思ったんです。

【三宅】たとえば取材を受ける際に「くるまさんは笑いの『正解』を出されましたけど……」みたいに言われると、「そうじゃないのに!」と感じてしまいそうな。

【くるま】そうなんです。よく「くるまさんは『M‐1』を攻略されましたけど……」と言われるんですけど、「いや、攻略とかじゃなくて……」と思ってしまう。『漫才過剰考察』では、ただ自分の意見を好き勝手に書いているだけですから。

でも世間では、三宅さんが定義されたように、「批評」よりも「考察」のほうが「正解」を語っていると考える人が多いわけですよね。だからこそ僕の場合、「『正解』を求めない自分」と「『正解』を知っていると思われている自分」の食い違いが起きている。おかげさまでとても腑に落ちました!

 

芸人vs知性フィルター文化人

【三宅】ところで、『漫才過剰考察』は発売1周年を記念して、新たなかっこいいブックカバー付の限定版が発売されましたね(販売は丸善ジュンク堂書店ネットストアのみ)。新しいブックカバーには文字がびっしり載っていますが、これは何を書いているんですか? 

【くるま】2025年の「M-1」についての予想とか、とりとめのない自分の思考を適当に書きなぐっています。言葉を連想してどんどんつなげていくマインドマップが好きで、よくノートに書いていたのですが、それをブックカバーに載せてみました。

【三宅】それこそ、このブックカバーに書いてある内容も「考察」されそう。くるまさんは、ご自身が考察されることについては、どのように感じているんですか?

【くるま】じつは僕、学者とか経営者とか、いわゆる頭の良い人たちから、「くるまさんの言うことは深い」みたいに言われることが多いんですよ。でも実際には、僕はまったく深く考えていない(笑)。

それって、受け手側の知識が多くて体系的に物事を思考できるから、僕が何気なく大量の情報を投げたとしても、勝手に整理して解釈されているからだと思うんです。
「知性フィルター」を通したうえで受け取られている。三宅さんも、「知性フィルター」をかけて情報を受け取る側の方だと思いますけど。

【三宅】私の場合は昔から運動ができないので、くるまさんみたいに言葉と身体を連動させて思考している人への憧れがあるんです。身体が追いつかないから、なけなしの「知性フィルター」でなんとか対抗しようとしているのかも。

【くるま】対抗してどうするんですか?(笑)

【三宅】「知性フィルター」を使って情報を受けているのは、相手に敵対的だからではないです(笑)。むしろ「好き」を表現しているんです。アイドルなどの「推し」にうちわを振って応援するように、好きなものに触れたり表現したりするときには、つい体系化して話してしまうんです。説明して言葉にすることが自分の愛情表現ですね。

『考察する若者たち』のなかでは、『スキロー』をはじめ多くのエンタメ作品を取り上げています。それらにしても、どれも私が純粋に好きなものを言語化した結果でもあるんですよ。

【くるま】そうか、この本は三宅さんが、好きなものへの思いを「推し」にうちわを振るかのように大量の文字で表現した結晶だったんだ。とても合点がいきました。

プロフィール

三宅香帆(みやけ・かほ)

文芸評論家

1994年生まれ。高知県出身。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。著書に『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書、新書大賞2025大賞)、『「好き」を言語化する技術』(ディスカヴァー携書)、『「話が面白い人」は何をどう読んでいるのか』(新潮新書)、『考察する若者たち』(PHP新書)など。

髙比良くるま(たかひら・くるま)

お笑い芸人

1994年生まれ。東京都出身。慶應義塾大学のお笑いサークルで相方・松井ケムリと出会い、コンビを結成。2019年5月に「令和ロマン」に改名。M-1グランプリで23年・24年と前人未到の2連覇を果たす。24年のABCお笑いグランプリでも優勝。恋愛リアリティーショーのMCや映画出演など多方面で活躍。著書に『漫才過剰考察』(辰巳出版)がある。

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