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私たちはなぜ心の疲れを感じるのか?脳疲労を解消する「シングルタスク」の重要性

川野泰周(僧侶、精神科医)

2026年02月18日 公開

私たちはなぜ心の疲れを感じるのか?脳疲労を解消する「シングルタスク」の重要性

仕事のことや家庭のことなど、多くの人が抱える「心の疲れ」。その正体は、ネガティブな感情やマルチタスクによる「脳疲労」だといいます。では、その疲労はどうしたら解消できるのでしょうか。

精神科医であり僧侶でもある川野泰周氏は、マルチタスクを排し「今、ここにある現実」に意識を集中させることが重要と説きます。自律神経のバランスを整え、脳をリフレッシュさせるための「心の休息法」についてお話を伺いました。(取材・文:中川和子)

※本稿は、『PHP』2026年1月増刊号の内容を一部抜粋・再編集したものです。

 

2つのタスクを同時に行なうと、脳への負担が大きくなる

目の前には急ぎの仕事、職場でのむずかしい人間関係、家庭内の問題、将来への不安...。現代人は多くの悩みやストレスを抱え、それが知らないあいだに心を疲れさせています。ただ、この「心の疲れ」は目に見えないので、「最近、疲れているな」という言葉で片づけて、やり過ごす人が多いのではないでしょうか。それでは心の疲れは蓄積する一方です。疲れがたまって体調を崩す前に、心を休ませ、癒やすことを考えましょう。

「心の疲れ」は医学的に言うと脳疲労の一種です。脳が疲労してしまう原因は、大きく分けて2つあります。1つは悩みやストレスといった「ネガティブな感情による疲れ」。そしてもう1つは、いくつもの作業や思考を同時に行なうことで脳に負担をかける「マルチタスクによる疲れ」です。

人は生きているかぎり、多かれ少なかれ悩みを抱えています。「職場の人間関係に悩んでいる」「家庭の問題で悩んでいる」といったすぐには解決できない状況が続くと、そのことに意識が奪われてしまい、つねにエネルギーを消耗しているのが「ネガティブな感情による疲れ」です。まさに心が疲弊している状態です。

一方、「マルチタスクによる疲れ」は、複数のことを脳が同時に処理しなければならないときに起こります。たとえば、「人の話を聞いている」ときと、「人の話を聞きながら、その話をパソコンに入力する」ときとでは、脳の疲労度は異なります。後者は「人の話を聞く」「パソコンに入力する」という2つのタスクを同時に行なうので、脳への負担が大きくなるのです。

加えて、「今日中に終わらせなければならない」という意識や「間に合うだろうか」という焦りや不安があると、さらに多くのことを脳が処理しなければならなくなります。

 

疲れた心を癒やすには、マルチタスクをやめること

脳が疲れると、自律神経の活性度が低下します。自律神経は、活動しているときに優位になる交感神経と、リラックスしているときに優位になる副交感神経の2つがお互いにバランスを取りながら体の機能をつかさどっていますが、脳が疲れてそのバランスが乱れると、「おなかの調子が悪い」「咳やじんましんが出る」「トイレが近くなる」といったさまざまな体の不調が起こるようになります。

自律神経のバランスを整えるためには、ある程度の緊張感を持ったオンの時間と、リラックスできるオフの時間のメリハリをつくることが大切です。しかし今の私たちの生活は、テレワークやインターネット環境、マルチタスク、いろいろな情報機器の発達などによって、ずっとオンの状態で生活できるようになっているので、家でもオフになれない人が大勢いるようです。逆に、部屋の中でずっとインターネットを見ながら過ごすことができるので、ずっとオフのままでオンになれないという人もいます。

脳には「デフォルト・モード・ネットワーク(初期設定ネットワーク)」という、いつでも本格稼働できるように準備しているモードがあります。そして完全にスイッチが入って、集中して脳を活用しはじめると「セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(中央実行ネットワーク)」という機能が働きます。

集中力が極限まで高まっている状態を「ゾーン」「フロー」と表現することがあります。これは脳がシングルタスクに集中して、「セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク」が高いレベルで働いている状態であると考えられています。このとき、体が疲れることはあっても、脳はそれほど疲れません。とくに自分が好きなことをしているときや、ポジティブな感情で「ゾーン」や「フロー」に入っているときは、精神的な疲れを感じにくくなります。

このような脳の機能を考えると、心を疲れさせないためには、そして、疲れた心を癒やすためには、マルチタスクをやめて、好奇心を持ってシングルタスクに取り組むことが重要になってきます。

 

「今、ここ」に意識を集中させると、気分がすっきりする

私は精神科医ですが、横浜市にある林香寺という臨済宗の寺の住職でもあります。林香寺の住職の1人息子として生まれ、子供のころからお寺が遊び場でもあり、檀家のみなさまからもかわいがられて育ちました。そういうありがたい環境で育ったので、いずれお寺を継いで、地域のみなさんにご恩返しをしたいという気持ちをずっと持っていました。

しかし、禅の僧侶になるのであれば、心のメカニズムをある程度理解したうえで、お寺に来てくださる方たちの悩みに応じられるような話がしたいと考えました。そこで大学は医学部に入り、卒業後の6年間、医療の現場に立ってから、30歳で出家して建長寺で禅の修行に入りました。
修行を終えてからは、精神科医として、また林香寺の住職として、いわゆる二刀流で現在に至ります。

34歳で再び診療を開始したときは、禅の道場で体験させていただいたことが、患者さんを診察するうえでの大きな助けになることを実感しました。

医療現場に戻ったちょうどそのころ、海外から「マインドフルネス」という考え方が入ってきて、関心を持ちました。なぜなら、マインドフルネスを初めて医学に応用したマサチューセッツ大学のジョン・カバットジン博士が、マインドフルネスは仏教をルーツにしていると言っていたからです。

マインドフルネスとは、「今、ここにあるたった1つの現実に意識を集中させる」ということです。これは言い換えれば、マルチタスクになっている要素を排して、シングルタスクにすることです。

坐禅やヨガを経験したことがある人は、その実践後に気持ちや気分がすっきりしたという実感を持っていると思います。それは坐禅やヨガに集中して取り組むことで、つまりシングルタスクにすることで脳疲労が軽減されて、再びエネルギーがわいてきたからと考えられます。脳をリフレッシュすれば集中力が増したり、仕事の効率が上がるようになります。

このようにマインドフルネスの効果や心地よさに気づいた世界中の人たちは、積極的にマインドフルネスを取り入れています。マインドフルネスは理にかなった心の休息法と言えるでしょう。

プロフィール

川野泰周(かわの・たいしゅう)

僧侶、精神科医

1980年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学医学部卒業。2014年より臨済宗建長寺派林香寺住職。精神科の医師として診療に携わり、’25年11月、横浜市に石川町ひだまりクリニックを開院、院長となる。禅やマインドフルネスの実践による心理療法を積極的に行なっている。『頭と心が整理される 1分の使い方』(大和書房)など著書多数。

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