マセラティのロゴは「ボローニャの噴水」が由来? 日本橋三越とも繋がる、高級車と海の神の意外な関係
死せるキリストへの嘆き
ボローニャの街を歩いていると、広場に立つ壮麗な噴水に目を奪われた。よく見ると、日本でもなじみのあるものとのつながりが隠されていた。高校2年生でラテン語の学習を始め、2016年からX(旧Twitter)でラテン語の魅力を毎日発信し続けるラテン語さん(東京古典学舎研究員)。その新著『今に生きるラテン語を求めて 「永遠の都」ローマ滞在記』から、ボローニャの広場で出会った意外な発見を紹介する。(写真提供:ラテン語さん)
※本記事は、『今に生きるラテン語を求めて 「永遠の都」ローマ滞在記』(PHP研究所刊)より一部抜粋・編集したものです。
15世紀の彫刻に圧倒されたサンタ・マリア・デッラ・ヴィータ教会
偶然にボローニャを観光することになったので、サンタ・マリア・デッラ・ヴィータ教会にある15世紀の彫刻家ニッコロ・デラルカが製作したテラコッタの作品「死せるキリストへの嘆き」(Compianto sul Cristo morto)を見ることにしよう。
亡くなったキリストが横たわっていて、その周りを6人が囲んでいる。人々の嘆きの表情がすさまじく、これほど感情が表れている彫刻は珍しい。この像を見るために8ユーロの特別料金がかかったが、その価値は十分にある体験だった。
待ち合わせの時間が近づいてきたので駅に戻り、イレーネに会う。町の名所であるマッジョーレ広場まで歩くとしよう。もちろん、会話は全てラテン語である。道の途中で、何やら言い合いをしている人たちを見た。イレーネは、「イタリアだとこれが普通だよ」と言った。ヤマザキマリ先生との共著『座右のラテン語』に収録する対談をしたときに先生から教わった通りだった。
マセラティのロゴの由来はボローニャの噴水
やっとマッジョーレ広場にたどり着いた。まず目についたのは、ネプトゥーヌス(ネプチューン)の噴水(Fontana del Nettuno)だ。噴水のいちばん上に、海神ネプチューンが武器である三叉の銛を持って凛々しく立っている。この三叉の銛は、ボローニャで創業した自動車メーカー、マセラティのロゴの元になっている。
日本橋三越にも同じ彫刻家の作品がある
このネプチューン像は、彫刻家ジャンボローニャによってデザインされたものだ。彼が作ったメルクリウス像のレプリカが、日本橋三越本店の入口の上に飾られている。また、ネプチューンの噴水のネプチューン像のレプリカは、広島県の呉市海事歴史科学館で見ることができる。海の神にふさわしい場所だ。
完成しないまま時が止まったサンペトロニオ聖堂
マッジョーレ広場には他にも、大きな時計が目を引く「アックルシオ宮」がある。外壁にある聖母子像(マリアと幼児キリストの像)は、先ほど私がサンタ・マリア・デッラ・ヴィータ教会で見た彫刻「死せるキリストへの嘆き」と同じ、ニッコロ・デラルカの作品だ。
ただ、この広場で一番目を引くのは、なんと言ってもサンペトロニオ聖堂だ。初めて見る人は、何とも奇妙なファサードだと思うだろう。というのも、部分的にしか大理石に覆われていないからだ。大理石で覆う作業はずっと前に中断され、今後も完成することはないだろう。
騒がしい広場とは違って、教会の中は静けさにつつまれている。天井が高く、大変広々と感じる造りになっている。日中でもうす暗い教会の真ん中で、黄金の磔刑像が美しく輝いており、しばらく釘付けになっていた。
工事中で入れなかったボローニャの2つの斜塔
ボローニャ中央駅
他にもボローニャにある2つの斜塔(ガリセンダの塔、アジネッリの塔)にも上りたかったが、工事中で中に入ることは叶わなかった。イレーネの合唱の時間が近づいてきたので、塔の付近で別れた。あらためて、彼女が大学時代に受けた扱いにくじけたままにならず、今はラテン語を楽しく話せるようになって本当によかった。
街中で市バスに乗り込み、ボローニャ中央駅を目指す。バスの中で、ローマ・テルミニ駅に帰る電車の切符も買った。これでバッチリ。しかし、バスは中央駅のそばで停まらず、どんどん駅から遠ざかってしまった。停まったバス停から、慌てて走って駅を目指す。ただでさえバス停から駅は距離があるのに、私が行く高速鉄道(フレッチャロッサ、イタリア語で「赤い矢=freccia rossa」)のホームは地下4階にあり、地上からたどり着くのに時間がかかる。
息も絶え絶えダッシュして、18時7分発の電車にギリギリ間に合った。遅れずに無事乗れた喜びで、列車のテーブルが食べ物の油やソースでベタついていることも気にならなかった。しばらくして赤い矢はローマ・テルミニ駅に到着した。時刻は20時15分。






