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生き方

“強迫症”に苦しむ女性 小さな成功体験で得た「やらなくても、何も起きなかった」安心感

広岡清伸(精神科医)

2026年04月27日 公開

“強迫症”に苦しむ女性 小さな成功体験で得た「やらなくても、何も起きなかった」安心感

「湯船につかって100数えてから出ないと、母に良くないことが起こる」――そんな不安に襲われ、大人になってもお風呂での儀式を続けていた高橋楓(仮名)さん。ところが、精神科専門医の広岡清伸さんの下に通い始めると、「100秒→70秒数える」に変えられるようになるなど、少しずつ不安が薄れていったそうです。

本稿では、「強迫症」という心の病で苦しんでいた高橋さんが"自分らしい日常"を送れるようになった軌跡を、広岡さんに伺います。

※本稿は、広岡清伸著『ごめんなさい、もうこれ以上頑張れません』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

※本記事は特定の治療法を推奨するものではありません。実際の治療・服薬に関するご判断は、必ず主治医または専門医にご相談ください。

 

儀式から自然な習慣へ

高橋さんは入浴前にシミュレーションを行い、70まで数える日々を続けていきました。来院時に話す声や表情は、少しずつ落ち着きが戻ってきています。入浴のときも、「前より呼吸が楽になりました」と話していました。数を減らしても何も起こらない。その実感が、確かな安心につながっていったのです。

ある日の診察で、わたしは次の段階として「50まで数える」練習を提案しました。数カ月前までは100数えないと湯船を出ることができなかった高橋さんです。さすがに短くすることに不安な表情を浮かべましたが、70のときと同じように、診察室で何度もシミュレーションしてから挑戦することになりました。1カ月ほど経つと、高橋さんは「50でも大丈夫」という手ごたえを得ます。

高橋「最近、また70まで数えてみようと思うことがあって」

広岡「何かありましたか?」

高橋「数ではなくて......50だとお風呂に入った気がしないというか」

広岡「湯船につかったら、しっかり体をあたためたいですからね。ゆっくり数えてみるのはどうですか?」

高橋「ゆっくり......そうですね。やってみます」

この70から50へのチャレンジをくり返していく過程で、「顔を半分だけお湯につけて数える」という決まりごとも、「ゆっくり呼吸をしながら数える」に切り替わっていきました。つまり、簡略化(短くする)を続けているうちに、やり方を替える(代替)という流れが自然に始まったのです。わたしはとてもいい傾向だと思いました。

高橋さんの入浴は、「不安をやわらげるための儀式」から、「体をあたためるための自然な習慣」へと戻ってきていたからです。やがて高橋さんは、「母の病気と自分の行動は無関係だった」と、頭ではなく体験として理解できるようになりました。

 

やらなくても何も起きない

それからの診察では、お風呂の決まりごとを変えるだけではなく、通勤時の行動にも変化を与えていきました。たとえば、彼女は必ず歩道の左側を歩くのが決まりごとでした。そこで、わたしは「横断歩道を渡って右側を歩いてみませんか?」と提案しました。といっても、絶対に渡る必要はありません。

・「できない」と思ったら、やめる

・「できるかも」と思ったら、渡ってみる

・右側を歩けそうなら進んでみる

・「無理だ」と思ったら、戻ってかまわない

ここでのポイントは、「無理強いはしない」ということです。無理をすれば患者さんの心をより深く傷つけてしまう恐れがあるので、わたしは絶対にやりません。

世界で広く行われている強迫症の治療法のひとつに、決まりごとを行う場面にあえて入り、その場で強迫行動を止めて、不安が静まるまで耐えるという方法があります。入院して行うときは医師や看護師が、家庭では家族がストップ役を担います。

うまくいけば、「儀式をしなくても大丈夫だった」という体験を通して、不安が弱まっていきます。しかし、すべてがうまくいくわけではありません。途中でつらくなって治療を続けられなくなったり、「やらされた」「苦しかった」という思いだけが残る人もいます。

病棟を持たない精神科クリニックの外来では、恐怖や拒否感から、途中で脱落する人も少なくありません。そのため、実際の日本の外来診療では、この方法を積極的に取り入れている医師は多くなく、薬物療法が中心になっているのが現状です。

わたしは、患者さんの不安心(心の中のネガティブな成分)だけに焦点を当てて「我慢させる」治療よりも、平常心(心の中のポジティブな成分)にある主体性を大切にしたいと考えています。病気になったからといって、その人の人格や意思を軽んじたくないのです。

そこでわたしが行っているのが、「平常心での段階法」です。正式には「広岡式代替え療法・段階的強迫儀式改善法」と名付けています。この方法は、以下の順番で進めます。

・無理に止めない

・平常心でイメージする(シミュレーション)

・少しずつ行動を変える

・成功体験を積む

高橋さんの場合も、いきなり「100まで数えずに出ましょう」と言っても、恐怖が強すぎて実行できません。そこでまず、診察室で、70まで数える「心の中のリハーサル」を行いました。

湯気やお湯の感覚、呼吸のリズムを思い浮かべながら、「70で止めても大丈夫だった」という場面を静かに再現していきます。不安や恐怖を感じる脳の部分と、落ち着いて判断する部分は、練習を通して新しい結びつきをつくっていきます。

平常心でのシミュレーションと代替行動の成功をくり返すことで、「やらなくても大丈夫だった」という安心の記憶が少しずつ増えていくのです。この「平常心でのシミュレーション+代替行動」の過程こそ、わたしの提唱する肯定的体験療法の実践的な形です。「不安を我慢させる訓練」ではなく、「不安を感じながらも落ち着いて行動できた」という成功体験を積み重ねる訓練なのです。

さて、高橋さんは横断歩道を渡れたのでしょうか。翌週、高橋さんはこう話してくれました。

高橋「一度だけ渡ることができました。2、3歩右側を歩いて戻ったんですけど、特に何も起きませんでした。それから......」

広岡「それから?」

高橋「横断歩道を渡ったとき、少し風が気持ちよかったんです」

不安でいっぱいだった頃には、きっと気づけなかった"心地よさ"。このような小さな快の知覚こそ、回復の大切なサインだとわたしは思っています。それからも少しずつですが、高橋さんの中にある「確実にできなければならない」という強いこだわりは、ゆるやかなものになっていきました。

 

不安があっても、きっとやり過ごせる

数カ月がたち、高橋さんの生活は決まりごとの連続ではなく、だんだんと"普通"を取り戻していきます。お風呂は「数を数える決まりごと」から、「1日の終わりに体と心を休ませる時間」へと変わりつつあります。洗う順番を間違えても気づかないままお風呂場を出ることがあると、笑いながら話してくれました。

ある日の診察で、彼女はふと話し始めました。

高橋「わたしの儀式のひとつに、電柱と壁の間を通るというものがあったのを覚えていますか?」

広岡「ああ、ありましたね。最近はどうですか?」

高橋「3日前、歩道を歩いているときに、「あれ?」と思って振り返ったんです。2つくらい電柱が見えました。前は、あの隙間を通らないと悪いことがあると思っていたのに、この間は隙間を通ったかどうかが気にならなくて」

その言葉を聞いたとき、わたしは、強迫症の「治る」とは何かを改めて考えました。高橋さんの日常を縛りつけていた決まりごとは、明らかに少なくなっています。しかし、不安が完全に消えたわけではありません。いまでも高橋さんは、湯船の中で「数が抜けたかも」と気になったり、歩道の右側を歩きながら違和感を覚えて戻ったりすることがあります。

高橋「でも、その不安をやり過ごすことができるようになりました」

広岡「いま、高橋さんの日常は快適ですか?」

高橋「快適ではないこともありますけど、快適になってきています。それに、母の状態も安定しているので」

わたしはカルテに一行、こう書き足しました。

「がんじがらめの決まりごとから解放されつつある」

わたしは、強迫症の「治る」とは、不安がゼロになることではなく、不安があってもやり過ごせて、日常生活を自分らしく送れることだと考えています。

高橋さんは、症状が落ち着いた後も、変わらずお母さんのことを思いやる優しい人でした。かつてはその優しさが、自分を追い詰めていたのは確かです。けれどいまは、その思いを"支える力"へと変えることができています。

最近高橋さんは、お母さんが好きな音楽のCDをかけてみたり、昔の家族写真を見たりしながら、お母さんと一緒に語らう時間を大事にしているそうです。「母はいつも家族の真ん中にいました。母が笑ってくれると、こっちも元気になるんです」と、少し照れくさそうに話してくれました。

以前は、"何か悪いことが起きないように"と行動していた高橋さんが、いまは、"母の笑顔を見たいから"と動いている。強迫症は、高橋さんの優しさを苦しみに変えてしまいました。しかしその優しさは、いまや強さに変わり、自身とご家族を支える力になっています。

強迫症とは、自分の心と行動への信頼が、そっと失われていく病です。不安心の霧の中で、人は儀式という細いロープを握りしめます。こうしていれば大切な人を守れる、こうしていれば自分は壊れずにいられる――そんな切実な願いから編まれたロープです。

けれどそのロープは、いつしか心を締めつける縄となり、息をすることさえ難しくしていきます。回復とは、その縄を断ち切ることではありません。平常心という、静かで確かな場所から、少しずつ、ゆっくりと、健全な生活行動へと編み直していくことです。

「やらなくても、何も起きなかった」

その小さな体験をひとつ積み重ねるたびに、不安心はほどけていきます。そして、気づけば、かつて自分が信じられなかったはずの心が、もう一度、自分を支えてくれるようになります。強迫症の回復とは、自分の精神と行動への信頼を、ふたたび取り戻していく旅路なのです。

プロフィール

広岡清伸(ひろおか・きよのぶ)

精神科医

精神科専門医、指導医、精神保健指定医。広岡クリニック理事長。富山県高岡市出身、早稲田大学中退、日本大学医学部卒業。東京大学医学部付属病院研修医、堀ノ内病院、関東労災病院などを経て1992年に横浜市港北区に広岡クリニックを開設。患者の目線に立って治療する独自の「肯定的体験療法」が評判を呼ぶ。今まで診察してきた患者は1万人を超える。著書に『日本の臨床現場で専門医が創る図解精神療法』(鳥影社)、『広岡式こころの病の治し方』(日経BP社)などがある。

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