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フランケンシュタインはホラーではない 岸田奈美×小川公代「ケアの倫理」で見えてくる怪物の孤独

岸田奈美(作家),小川公代(上智大学外国語学部教授)

2026年04月27日 公開

フランケンシュタインはホラーではない 岸田奈美×小川公代「ケアの倫理」で見えてくる怪物の孤独

「100文字で済むことを2000文字で書く作家」と自称し、『傘のさし方がわからない』(小学館文庫)をはじめ、発表するエッセイや小説が常に話題となるのが岸田奈美さんです。岸田さんがパーソナリティを務めるポッドキャスト番組「岸田奈美のおばんそわ」に、初のゲストとして登場したのは、ケアに関する言説を幅広く展開する上智大学教授・小川公代さんでした。

おふたりの話は、フランケンシュタインの物語は単なるホラーではないということ、「ケアの倫理」という考え方に救われたエピソード、介護する側の心の問題......と、多様にそして深いところにまで降りていくものとなりました。同じ環境と問題を共有し、お互い「打てば響く」状態のおふたりによるトークの様子を、ご紹介します。

構成/山内宏泰

 

怪物が出てくるホラー? 『フランケンシュタイン』の誤解

【岸田】ポッドキャスト「岸田奈美のおばんそわ」、46回目の配信にして初めてゲストが来てくださいました。小川公代さんです。改めてご紹介すると、上智大学外国語学部英語学科の教授であり、18世紀の医学史や英文学の研究者です。

『ケアの物語―フランケンシュタインから始める』をはじめ、『世界文学をケアで読み解く』、『ケアする惑星』、『ケアの倫理とエンパワーメント』など、ケアに関する著書を多く書かれています。

以前の配信でも『ケアの物語―フランケンシュタインから始める』を取り上げさせていただきました。この本で、小川さんはメアリー・シェリーが書いた『フランケンシュタイン』を引用してケアの話をされているんです。ただ私、勘違いをしていて、「フランケンシュタイン」は怪物の名前だと思っていました。

【小川】それはよくある誤解ですね。怪物をつくったヴィクター・フランケンシュタインという科学者の話です。

【岸田】『フランケンシュタイン』は怪物が出てくるホラーかと思えば、よく読むと「ケアを受け取ることができなかったゆえに、怪物が身も心も怪物になってしまった」話です。これは私が知るべき物語だと思いました。私自身が家族に障害があったり、父親を亡くしてたりするなかで、気がつけばケアとともにあった人生だと気づくきっかけになった本となりました。

小川さんはその後、シリーズ「ケアをひらく」から『ゆっくり歩く』を出版されます。病気になられたお母様について思いを巡らされたエッセイであり、言葉のやり取りについて大きく取り上げたドキュメントです。笑えるお話もしみじみさせられるお話もあっていいですし、作中に聞こえてくる和歌山弁の響きもいい。

【小川】ありがとうございます。確かに和歌山弁は優しい感じがしますよね。トーンが柔らかいというか。編集者が関東の方なので、ときどきコミュニケーションがうまくいかなくて、たとえば仏壇に手を合わせるとき「まんまいちゃん」と言うんですけど。

【岸田】「まんまいちゃん」、うちも言います!

【小川】ですよね。担当編集者にはそれが「通じないんじゃないか」と指摘されて。結果的にこの表現をそのまま使ったんですけど、知らない人にとっては「何なんだこれは」となるんですね。

【岸田】小川さんがケアについて研究を始められたのは、お母様のことがきっかけですか。

【小川】はい、そうです。それまでオカルトやゴシックしか研究しておらず、ゾンビは人に噛み付くし吸血鬼は人の血を吸うしで、ケアと反対の方向性を持ったジャンルをかれこれ20年、30年研究してきました。でもよく読むと、たとえばフランケンシュタインは「ケアが欠落するとどうなるか」という仮説のような物語です。

【岸田】私も読んだとき、フランケンシュタインにけっこう感情移入しちゃいました。

【小川】怪物というか、このクリーチャーが、どうして復讐をするようになってしまったのかといえば、「親ガチャ」という説明もできますよね。どういう家庭に生まれ落ちたいか自分で決められるわけではありませんから。

私も、岸田さんもそうかもしれませんが、わりと愛にあふれる家庭に生まれ落ちてラッキーだったのかもしれない。普通の家庭で育って教育もつけてもらえた人にとっては、クリーチャーのように、生まれた瞬間に捨てられるような境遇で育つ人の苦しみを想像するのは難しいです。だれかの苦悩を、なかなか想像できない。結局「想像力」の問題です。

 

他者の物語に触れる意味

【岸田】クリーチャーが物語の中で旅をして、優しくされたりもするんですよね。盲人の方と出会って、目が見えないから怖がられず、優しくされたと思ったり。でも盲人の息子にやっぱり追い出されてしまう。人として扱われる、人権を与えられるチャンスかと思ったのにそれが与えられず、絶望します。そういうことって、現代を生きる私たちでも共感できると思います。

【小川】犯罪を犯してしまった人たちが最初から悪だったのか。親の暴力を受けたりネグレクトにあったりという経験があって、追い込まれて犯罪に手を染めざるを得なくなったことも多いのかもしれません。他の人たちが生きてきた足跡みたいなものを、文学や物語は語ってくれます。だから他者の物語に触れるのはすごく大事なことだと思います。岸田さんのご本も、他者と出会う物語ですよね。

【岸田】私もよく「障害のあるお母さんと暮らして偉い」「たいへんね」と言われたりしますが、私はこの人生しか知らないからわからないんです。

車椅子の母とミャンマーに行った話を書きましたが、海外だと改めて「こういうふうに見られてるんだ」とわかったりします。ミャンマーではいろんな人が車椅子を押して、あちこち連れていってくれるんです。それが仏教的に「徳を積む」ことにつながるみたいで。なので車椅子の人がいたら絶対に助ける。でも「前世に悪いことをしたから障害者になった」という感覚もすごくあって、そこは前近代的です。

【小川】『フランケンシュタイン』のクリーチャーって「究極の他者」なんですよね。日頃「マジョリティ」として生きやすい人生を歩んでいる人が、「マイノリティの人たちの苦しみなんて知らない」と言い切ってしまったら終わりです。社会は何も変わらなくなる。そういうことに気づかせてくれるという意味でも岸田さんの書くものは重要だし、影響力があると思います。

 

「ケアの倫理」を知って衝撃を受けた

【岸田】私は本当にあったことだけを書いているんです。ミャンマーでのこともそうですけど、いろんな出会いによって自分の思い込みがなくなったり、生きやすさをちょっとだけ感じたりすることがある。でもなぜそうなるのかはわかっていませんでした。そんなときに小川さんの「ケアの考え方」を聞いて、「あっ、これか!」みたいになった。「ケアの倫理」という考え方に、私はすごく救われました。

小川さんが引用されていますが、ケアの倫理とは、キャロル・ギリガンさんという方が提唱されたもので、「自己と他者の関係性の間で揺れ動きながら葛藤し、容易には答えを出さずにいる姿勢」というもの。

私はケアと聞いて「優しい」とか「思いやり」とか「障害者や弱い人に正しい行いをする」ということだと思い込んでいたので、自分には当てはまらないと考えていました。私は性格が悪いし、間違ったこともいっぱいしているから、いい人じゃないと思っていたんです。でもそうじゃない、「こっちかな、あっちかな、この人が助かるのはどっちかわからないけど、間に立って揺れ動いている」という姿勢自体がケアなんだと知って、衝撃を受けました。

【小川】岸田さんは沖縄にお母様と旅行する話も書いておられますけど、自分のために旅行するのとはまったく違ってきますよね。お母様のために準備をするとなると、やっぱりたいへんでしょう。移動ひとつとってもそうだし、目的地に着いてからもホテルはバリアフリーかどうかなど、調べ上げておかないといけない。

私もいま介護を何年間か続けていて、たいへんなことだらけなので。擦り切れて疲弊するし、手間ばかりかかるのに結局うまくいかないことが多かったりする。「こんなこと続けていたら自分はどうなるんだろう」と不安になってしまいます。近代人然として、つまり個人という単位でものを考える人は「正義の倫理」の人です。ケアの倫理は自己と他者の間で揺れるのですが、正義の倫理は自分の人権を守ろうとします。

 

介護を始めて直面した「ヴァージニア・ウルフの矛盾」

【岸田】行ったり来たりするのが大事だと思います。完璧に両立するのはかなり難しいでしょう。小川さんは、最初は正義の倫理の側に立たれていたんですか。

【小川】どちらかというと正義しか知りませんでした。学生時代イギリスに留学していて、個人主義の国なので、自分の権利を主張しなければ生きていけない。突き詰めていくと、人のことにかまっていては自己実現ができないことになります。

でも、そればかりだと結局孤独になってしまうわけです。だれとも関係性を構築しないまま「自分だけよければいい」となる。その代わりにお金を稼ぐみたいなところもあります。自立するお金さえあれば身の回りのことはできますし。

これを私は「ヴァージニア・ウルフの矛盾」と勝手に呼んでいます。ヴァージニア・ウルフはフェミニズムを牽引した女性として知られていて、「500ポンドと自分ひとりの部屋があれば仕事を始められる」と言った人でもあります。お金を稼がないと部屋も借りれず、自立もできないと言ったのです。

ですがウルフはじつは、自己実現ばかり考えていた人でもない。彼女の小説を読むと主人公は「専業主婦」の物語がほとんどなんです。「自分の部屋なんてとうてい持てない女の人」のことを書いています。そこに矛盾があるような気がします。

私にとって母の介護を始めてからの数年間というのは、ずっとこの矛盾と向き合う日々だったのかなと思います。

プロフィール

岸田奈美(きしだ・なみ)

作家

1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。大学在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。 世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」選出。

小川公代(おがわ・きみよ)

上智大学外国語学部教授

1972年和歌山県生まれ。上智大学外国語学部教授。ケンブリッジ大学政治社会学部卒業。グラスゴー大学博士課程修了(Ph.D.)。専門は、ロマン主義文学、および医学史。著書に、『ケアの倫理とエンパワメント』『ケアする惑星』『翔ぶ女たち』(以上、講談社)、『世界文学をケアで読み解く』(朝日新聞出版)、 『ゴシックと身体』(松柏社)、『ケアの物語 フランケンシュタインからはじめる』(岩波新書)、『100分de名著 ドラキュラ』(NHK出版)などがある。訳書に『エアスイミング』( シャーロット・ジョーンズ著、幻戯書房)、 『メアリ・シェリー』(シャーロット・ゴードン著、白水社)など。

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