「最近、なんだか仕事がしんどい......」。そう感じていても、何がどう「しんどい」のか説明できず、一人で抱え込んでしまうことはありませんか?「しんどい」「ヤバい」といった抽象的な言葉は便利ですが、それはピントの合っていない写真のようなもの。自分の本当の望みや本音を見失わないためには、意識的に「抽象の階段」を下り、言葉の解像度を上げていく必要があります。
本記事では、ディスカッションパートナーとして3000人以上のビジネスパーソンと向き合い、クライアントの「本音」を引き出してきた黒田悠介氏が、感情のモヤモヤを晴らすための「なぜ?」「たとえば?」という具体的な問いかけや、思考の迷子を防ぐ「ズームイン・ズームアウト」の視点を伝授します。
※本稿は、黒田悠介著『自分の本音を言葉にできる。モヤモヤを「伝わる」に整える、言葉のレッスン』(インプレス)より一部抜粋・編集したものです。
抽象から具体、曖昧から明瞭へ
「最近、仕事がしんどくて......」
以前、ある若手マーケターからこんな相談を受けました。彼の表情には確かに疲労の色が見えましたが、この「しんどい」という言葉だけでは、何がどうしんどいのか、伝わってきませんでした。
私は彼に尋ねました。「その『しんどい』について、もう少し具体的に教えてもらえますか?」「どんな時にその『しんどさ』が強くなりますか?」
曖昧で抽象的な言葉を具体化し、明瞭にしていくことで、本音に近づくことができる。先ほどの質問を皮切りにして、彼の言葉は少しずつ具体的になっていきました。
抽象の階段を下りていく
私たちは日常的に「大変」「微妙」「ヤバい」「エモい」といった抽象的な言葉を使います。これらの言葉は確かに便利です。瞬時に大まかな感情や状況を伝えることができますし、相手も「なんとなく」理解してくれます。
しかし、それはまるでピントの合っていないぼやけた写真のようなものです。それでも、「これは人物の写真だな」とか「風景の写真だな」といった大まかな情報は読み取れます。しかし、その人物がどんな表情をしているのか、背景に何が写っているのかといった、大切なディテールはまったくわかりません。
私たちの解像度の低い本音も、これと同じではないでしょうか。先ほどの「仕事がしんどい」という言葉も同様です。その一言の奥には、言語化されていない複雑な感情や状況が絡み合っているはずです。
私たちの手元には「語彙」というレンズがあります。そのレンズを使って、ぼやけた写真のピントを合わせ、細部までくっきりと写し出すこと。これが、言葉の解像度を上げるということです。
言葉の解像度を上げるために、ここで一つ提案したいことがあります。それは、「抽象の階段を下りていく」というイメージをすることです。
想像してみてください。あなたは今、高層ビルの50階にいます。窓から外を見ると、街全体が一望できますが、個々人の表情や店の看板は読み取れません。これが「抽象度の高い」状態です。
次に、階段で少しずつ下りていきます。40階、30階、20階と、下りるたびに街の細部が見えてきます。人々の服装、車の色、街路樹の種類。そして1階に下り立てば、目の前の人の表情まではっきりと見えるようになります。
言葉の解像度を上げるとは、この「抽象の階段」を意識的に下りていく作業なのです。先ほどのマーケターの例で実践してみましょう。
・50階(最上階):「仕事がしんどい」
・40階:「マーケティングの仕事で疲れている」
・30階:「新商品のプロモーション企画で行き詰まっている」
・20階:「ターゲット層の設定と予算配分で上司と意見が合わない」
・10階:「20代向けにSNS広告を提案したが、上司はテレビCMにこだわっている」
・1階(具体度MAX):「先週の会議で、TikTokでのバズを狙った企画を1時間かけてプレゼンしたのに、部長は『うちの客層にSNSは合わない』の一言で却下した。入念に準備した企画が世代間の認識の違いで潰されたことが悔しくて、モチベーションが上がらない」
どうでしょうか。最上階の「しんどい」から1階まで下りてくると、彼の本音がくっきりと見えてきました。
抽象の階段を下りる:「なぜ?」と「たとえば?」
抽象の階段を下りるための、シンプルで強力なツールがあります。それが「なぜ?」と「たとえば?」という2つの問いです。この2つの問いは、それぞれ異なる役割を持っています。
「なぜ?」は、思考や感情の背景にある理由や原因を探り、物事の深い層へと下りていくための問いです。表面的な出来事から、その奥にある価値観や欲求といった、あなたの本音の根っこに到達することを助けてくれます。
一方、「たとえば?」は、抽象的な感覚が、現実世界の具体的な出来事として現れている場面を探すための問いです。頭の中にある漠然としたイメージを、実際の「エピソード」や「事実」に結びつけ、輪郭をはっきりさせます。
この2つの問いを組み合わせることで、ぼやけていた本音が、立体的かつ鮮明に見えてくるのです。
たとえば、「最近、人間関係が面倒くさい」という抽象的な言葉から始めてみましょう。
【「なぜ?」で具体化】
・なぜ、面倒くさいと感じるの?→相手の気持ちを考えすぎて疲れるから
・なぜ、考えすぎてしまうの?→嫌われたくないから
・なぜ、嫌われることが怖いの?→一度関係が壊れると修復できないから
【「たとえば?」で具体化】
・たとえば、どんな場面で面倒くさく感じる?→同僚からの誘いを断れない時
・たとえば、どんな誘い?→毎週金曜日の飲み会
この2つの問いを通して抽象の階段を下りていくと、「人間関係が面倒くさい」という曖昧な感覚が、「職場の飲み会文化に疲れているが、関係性を壊すことを恐れて断れずにいる」という明確な本音として見えてきます。
ズームアウトするための問い:「要するに?」「どうしたい?」
言葉の解像度を上げるための思考法として、カメラのズーム機能のような「ズームイン」と「ズームアウト」という2つの視点の動きを意識することも非常に有効です。
【ズームインで具体化】
「ズームイン」は、ぼやけた全体像から細部へとピントを合わせ、物事を具体的に見ていく動きです。前節で説明した「なぜ?」と「たとえば?」という問いは、このズームインのための最も強力なツールと言えます。
しかし、ズームインして細部ばかりを見つめていると、全体像が意識から外れてしまうことがあります。森の中で1本の木を観察することに夢中になるあまり、森全体の中で自分がどこにいるのかわからなくなってしまうのです。
【ズームアウトで本質へ】
そこで不可欠になるのが、もう一つの動きである「ズームアウト」です。
「ズームアウト」は、目の前の具体的な事象から一度離れ、物事の本質や進むべき方向を捉え直す視点の動きです。このズームアウトを促すための、シンプルで強力な2つの問いがあります。それが「要するに?」「どうしたい?」です。
「要するに?」という問いは、複雑な情報や具体的なエピソードの中から、最も重要な幹となる部分、つまり「本質」を抽出するための問いです。目の前の出来事に感情が揺さぶられている時。この問いは冷静さを取り戻し、問題の核心は何かを考える手助けをしてくれます。
「どうしたい?」という問いは、現状から一度視点を外し、「自分が望んでいること」を明らかにするための問いです。思考の袋小路から抜け出し、本当に取るべき行動が見えてきます。それは、ネガティブな思考をポジティブに変換する問いでもあります。
ここでは2つの例で考えてみましょう。
「要するに?」「どうしたい?」の具体例1
1つ目は、先ほど例に出した「人間関係が面倒くさい」と感じていた人の例です。「なぜ?」「たとえば?」でズームインした結果、その本音は「職場の飲み会文化に疲れているが、関係性を壊すことを恐れて断れずにいる」ことだとわかりました。ここでズームアウトの問いを使ってみます。
【「要するに?」で本質化】
「要するに、断れないことで、自分の大切な時間と精神的な平穏を犠牲にしている、ということだ」
【「どうしたい?」でポジティブ化】
「職場の人間関係は良好に保ち、飲み会への参加は自分の意思でコントロールできるようになりたい」
「飲み会に行くか、行かないか」という目の前の二択から、「どうすれば自分の意思で参加を決められる良好な関係を築けるか」という、より建設的な視点へと変わりました。
「要するに?」「どうしたい?」の具体例2
2つ目は、こちらも先述の若手マーケターの例です。彼の悩みは「上司に企画を正当に評価されず、成長機会を奪われているようで悔しい」というものでした。
【「要するに?」で本質化】
「要するに、会社の世代間の認識の差が、自分の成長を阻むボトルネックになっている、ということだ」
【「どうしたい?」でポジティブ化】
「ビジョンに共感しているこの会社で、自分の企画の価値を正しく評価してもらい、マーケターとして成長したい」
個人的な「悔しい」という感情から、「この会社で成長する」という本来の目的に立ち返ることができました。その結果、「部長を感情的に責めるのではなく、客観的なデータを示して、会社のための新しい施策として共に考えてもらうアプローチをしよう」といった、次の一手を考えられるようになるのです。







