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マーケティング戦略は “Why” から始めよ

平久保仲人(ニューヨーク市立大学ブルックリン校経営学部准教授)

2013年06月19日 公開 2022年12月21日 更新

 

利益のない道徳はただの寝言である

 初めて講演をしたときのことは今でもよく覚えています。博士課程のクラスメートが彼のクラスに私をゲストスピーカーとして招いてくれたのです。日本企業についてプレゼンテーションをしたのですが、そのなかで「ホンダの経営目的は顧客満足であり、利益は求めずとも後からついてくると考えられている」と、ある書籍の受け売りで述べました。まさにホンダのWhyは顧客満足という意味です。

 すると、会場にいた教授の1人が、「顧客満足を最大限にすることが目的ならば製品をすべて原価で販売すればよいではないか」とチャレンジしてきました。その場はなんとか繕いましたが、明確な回答は返せませんでした。

 今ならこう答えるでしょう。

 「客は安いから買うのではありません。価値があるから買うのです。その価値には性能や信頼性など合理的要因と、安心感や優越感などの心理的要因が含まれます。価格は知覚品質を示唆しますから、安売りをしてしまっては安心感が削がれるでしょうし、安物の車に乗っているということで自尊心さえ傷つけるかもしれません。企業には、提供する価値に対する正当な対価を求め、利益を社員の給与や技術開発、設備投資などに配分してさらなる顧客満足を目指す責任があるのです」

 もちろん、利益は黙って顧客満足の後をついてきてはくれません。利益を上げるという「確かな覚悟」を持たなければ、戦略など何の役にも立ちません。また、顧客満足なしに売上や利益を上げられないのも事実です。そして、顧客を満足させるためには有能でやる気のある社員が必要です。取引先との関係も無視できないし、地域社会を敵に回しては仕事がやりにくくなるでしょう。

 株主主権、会社は従業員のもの、顧客第一など利害関係者に順位を付けるなど意味のないことです。企業はコマのような存在だと私は考えます。どこかに比重が偏ればコマは倒れてしまいます。勢いよく回っているときにはバランスなど考える必要はありません。潤沢な利益で従業員も株主も満足させられるし、地域社会に貢献することもできます。経営者の責務とはコマを勢いよく回し続けることであり、そのためにはバランスの取れた経営が必要なのです。

 コマの回転を弱めないために必要なのが信用であり、その信用はバランスの取れた経営で得られるのです。従業員を解雇して株価を上げても信用は得られません。発展途上国で劣悪な環境で工員を働かせるような経営には消費者もマスコミも鋭く反応します。地域住民の反対を押し切って出店したり、下請け企業を締め上げて利益を上げたりしても信用は得られません。また、利益のない道徳はただの寝言です。株主にも正当な利益を還元しなければなりません。全方位でバランスの取れた経営をすれば信用を得られるし、利益を上げる体制を築けるのです。

 多くの経営者は、顧客満足を高める戦略や社会貢献にはコストがかかり、利益を阻害すると考えています。しかし、利益と顧客価値あるいは社会福祉は必ずしもトレードオフの関係にはありません。信用、好意、評判など計測できない価値は企業の財産となります。

 また、経営に直接還元されるような社会貢献もあります。例えば無料の職業訓練所を建てれば、そこで教育を受けた人材を自社で採用することができます。道路や橋を造れば、企業も利用できます。現地で仕事を与えれば、従業員は自社製品の顧客にもなってくれます。

 バランス経営をするのに、経営者に求めるべき責任が1つあります。それは情報開示です。情報は常に非対称です。消費者は企業や商品のすべてを知ることはできませんから、自発的に企業が透明化をはからなければならないのです。顧客や株主に不都合な情報は当然公開できませんから、そもそも隠蔽しなければいけないような経営をしてはなりません。ビジネス倫理の基本は「己の欲せざる所人に施す勿れ」なのです。

 透明性を高めることで社会の信用を得ることができるのです。

 例えば、鳥インフルエンザが流行したときに売上を伸ばした養鶏場があります。この養鶏場では日頃から衛生に万全の対策を施していたのに加えて、情報開示にも努めていました。どのような状態で鶏が飼われているか、どのような方法で卵を取り洗浄しているかなど、こと細かく顧客に知らせていたのです。それで、他から卵を仕入れていた客までこの養鶏場との取引を申し込みに来たわけです。

 Whyを理解している経営者であれば、社会全体に貢献できるバランスの取れた経営を取れるはずだし、長期的に繁栄するには何をすべきかが見えるはずなのです。

 

平久​保仲人
(ひらくぼ・なかと)

商学博士、ニューヨーク市立大学ブルックリン校、経営学部准教授

ペース大学博士課程修了。株式会社ウインマックス副社長、セントピーターズ大学マーケテイング助教授を経て、2005年より現職。専門はマーケティング戦略、消費者行動論。
著書に『マーケテイングを哲学として経営に取り入れるということ』(日本実業出版社)、『MBAマーケティング』(日経BP社)、『消費者行動論』(ダイヤモンド社)、共著に『アメリカの広告業界がわかればマーケテイングが見えてくる』(日本実業出版社)がある。


<書籍紹介>

「信用」を武器に変えるマーケティング戦略

平久保仲人 著
本体価格 2,200円

マーケティングの教科書に書かれている「通り一遍の手法・戦術」ではなく、「信用・信頼をベースにした価値を創造する戦略」を解説。

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