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小幡績――アベノミクス成長戦略の誤り



2013年08月14日 公開

小幡 績(慶應義塾大学准教授)

《PHP新書『成長戦略のまやかし』より》

 

投資は投資を呼ばない

 

 アベノミクスの「第3の矢」が成長戦略。その名は「民間投資を喚起する成長戦略」である。名は体を表すというが、この名がアベノミクスの誤りを象徴している。じつは安倍政権に限らず、これまでほとんどすべての政権の成長戦略は同じ誤りを犯していたし、政策を議論する自称有識者たちもほとんどが同様に誤っている。いったい、どこが誤りなのか。その根本は3つだ。

 第1に、民間であろうと「投資」では経済は持続的に成長しない。

 第2に、「喚起された」投資では、そもそも成長しない。

 第3に、「投資を喚起すること」が成長につながるという考え方そのものが誤っている。

 「民間投資の喚起」では経済成長は得られないのだ。

 とにかく投資をしろ、という時代は終わった。たしかに1960年代までの日本経済には投資が投資を呼ぶ、という高成長の好循環があった。そのときの幻影に囚われて、いまでも投資が行なわれれば、自動的に好循環が始まると思い込んでいる政治家、有識者は多い。

 しかし、投資が投資を呼ぶためには、基本的には右肩上がりの経済が成り立っていなければならない。労働力が増加しており、労働者が消費者ともなって、需要も増加しつづけている経済で、設備投資が盛んに行なわれるならばよい。労働者1人当たりの生産量も上昇しつづけ、賃金も上昇し、すべてが右肩上がりで回るようになる。

 こうした状況であれば、設備投資は生産力を増加させると同時に、他の企業への需要となるから、他の企業も投資を増やし、需要の増大に対応して生産力を上げる。こうなると投資が投資を呼び、需要も好循環で増加しつづけ、需要増加に対するインフレ圧力も、設備投資による生産性の上昇によって抑えられる。

 したがって賃金が上昇しても、インフレ率が高くなりすぎることもなく、高成長の好循環は続く。そして、それを高貯蓄が支えた。つまり過度な消費による景気の過熱を抑えつつ、投資を支える原資として貯蓄が機能したのである。素晴らしい好循環だった。

 しかし、この好循環がいかに素晴らしくても、現在、これを再現するのはどうやっても無理である。現在は、右肩上がり成長の時代ではなく、需要が自然に増えていく循環はない。労働力も増えない。そのなかで、生産力を増強する設備投資を行なえばどうなるか。需要の捌け口がないから、値下げをするか、海外に輸出するしかない。これでは投資が投資を呼ぶ展開にならない。

 実際に自動車メーカーの本田技研工業は、これから自動車の需要が伸びるわけではない日本で設備投資を増やす予定はない、円安であろうと関係ない、といっている。繰り返すが投資が投資を呼ぶ展開は、現在の日本ではありえないのだ。たとえば設備投資減税をさらに拡大するなどして生産力増強の投資を刺激する政策を行なえば、それは余剰生産設備となり、過剰生産によって輸出圧力、むしろ国内デフレ要因にすらなりうる。

 そこで必要なのは、生産力の増強ではなく、生産の質の向上である。質の向上といっても、効率化投資、生産コストの低減を図るものではない。なぜなら、それはすでに十分に行なわれているからだ。基本的に日本は設備投資過剰である。更新投資ができていない企業、中小企業がある、という話は政治的に取り上げられるが、彼らが投資に踏み切れない最大の理由はコストではなく、生産力増強をしたり、効率化したりしても、今後需要が確実に望めるかどうかがわからないからだ。

 効率性をどんなに上げでも、誰にでもつくれるものをより安く、より効率的につくるだけでは永遠に競争に巻き込まれ、次から次に登場する世界中の生産者に勝てない。設備投資によって勝負しようとすればするほど、日本が勝つ理由がなくなるという矛盾に直面する。設備さえ優れていれば勝つのであれば、どの国でも勝てるから、あとから来る新興国に絶対勝てない。したがって、彼らは投資をしないのだ。

 こうした状況で必要な投資は、生産の質の向上だと述べた。質の向上とは効率化ではなく、誰にもつくれないものをつくれるようになるための投資である。しかし、そのために必要なのは、じつは物理的投資ではない。設備ができても新しいものは生まれない。だから、設備投資減税によって成長をめざすという考え方は間違っているのだ。

 

設備投資は成長への投資にならない

 

 それにもかかわらず、設備投資減税にこだわるのはなぜか。2つの理由がある。

 1つは、日本経済に対する根本的に誤った認識である。日本経済は需要不足であり、需要を出せば突然好循環になって復活する、という考え方だ。したがって、設備投資を促進するのも、生産性を上げることを考えているのではなく、とにかく需要を出せばよい、という考えから来ている。投資が投資を呼ぶという昔話への郷愁、あるいは時代錯誤である。

 日本経済は需要不足ではない。新しいものを生み出す力が落ちているのだ。だから、企業を刺激して設備投資をさせ、高齢者を刺激して消費をさせても、短期的な目先のGDP(国内総生産)は増加するが、持続力はなく、経済成長にはつながらない。

 設備投資を過剰に促進するもう1つの理由は、特定企業への利益供与である。多額の設備投資を行なっている企業、装置産業型の大企業、これが日本の典型的な大企業だが、彼らはすでに多額の減税を受けて設備投資をしている。さらに中小企業にも設備投資減税の恩恵が及ぶように、制度改正することが今回の成長戦略に入った。これでは特定企業への減税という利益供与にすぎず、投資を増やすことにならない。

 じつは新たな雇用を生み出したら法人税を減税するという政策も、実質的には毎年新卒を大量採用する古典的な大企業への法人税減税にすぎない。

 利益供与は、政治の中心的な役割であり、それを否定しても仕方がない。経済学的に望ましくなくとも、政治的な現実からやむをえない場合もある。しかし、ここで重要なのは、これが成長戦略として語られることで、それが既存の経済構造を固定化し、現実の変化に逆行するような企業行動を促進することだ。すなわち、成長を阻害するのである。

 日本企業は設備投資を減らすべきだ。設備投資依存の経済構造から脱却すべきなのだ。投資をするというのは機械を買うことではなく、設備を増強することでもなく、人に投資することである。そうすることによって初めて、日本という場が、新しいものを生み出す場としての意味をもち、長期的な経済成長を生み出す場となる。

 新しいプレーヤーの登場が必要なのだ。人もそうだし、企業もそうである。既存の大企業を優遇し、設備における優位性を固定化し、短期的に参入の余地がないような国内市場をつくることは、日本経済に新しい人、企業、というプレーヤーが登場することを妨げ、経済成長を阻害することになる。

 日本には、投資が必要である。しかし、それは設備投資ではない。生産力増強ではない。生産性の向上でもない。新しいアイデアを生み出すための投資であり、それは新しい人を生み出すことなのだ。

 この点において、アベノミクスは100パーセント誤っている。その政策は既存の企業、経済構造を固定化し、新しい世界経済の現実に逆行し、日本経済の成長を妨げるのだ。

 

<書籍紹介>

成長戦略のまやかし成長戦略のまやかし

小幡 績 著
本体価格760円

「第三の矢」はすでに折れている! 『リフレはヤバい』で金融緩和の誤りを論じた俊英が、アベノミクス成長戦略の根本的な間違いを語る。

 

<著者紹介>

小幡績小幡 績

(おばた・せき)

1967年生まれ。92年東京大学経済学部卒業後、大蔵省(現財務省)に入省。99年退職。2000年IMFサマーインターン。01年~03年一橋大学経済研究所専任講師。01年ハーバード大学経済学博士(Ph.D.)。03年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科(慶應義塾大学ビジネススクール)准教授。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)運用委員。行動派経済学者として知られ、テレビ、雑誌などのメディア、自身のブログ(http://blog.livedoor.jp/sobata2005/)でも積極的に発言。
著書に、『すべての経済はバブルに通じる』(光文社新書)、『リフレはヤバい』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ハイブリッド・バブル』(ダイヤモンド社)ほか多数。

 



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