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[2014年・復活する日本] アベノミクスは沈まない

長谷川慶太郎(国際エコノミスト)

2013年12月20日 公開 2022年12月19日 更新

長谷川慶太郎

《『日本は市場最長の景気拡大に突入する』より》

 

世界はアベノミクスを歓迎している

 

 アベノミクスは世界の国が歓迎してくれた。韓国など一部の国から、「円安誘導で日本は輸出競争力を伸ばそうとしている」と言われることもあるが、意図的に円安誘導をしたのではなく、結果的に円安になっているというのが日本の主張であり、その論理を世界の国々は受け入れている。

 国際社会では、アベノミクスが始まって以来、日本を非難する国は出てきていない。安倍首相が就任して最初に迎えた2013年1月の世界経済フォーラム(ダボス会議)では、多くの国がアベノミクスを歓迎した。

 日本が無理やり円安に修正したのであれば、日本の政策を問題視することもできるが、リーマンショック後にあまりにも不自然な形で円高が極端に進んだ状態が修正されただけである。

 その為替の修正で韓国が一番大きな影響を受けている。

 福岡と韓国の釜山の間には、毎日フェリーが往復していて、日によって人数は異なるが、多い日には200人くらい、最低でも100人程度の担ぎ屋が乗船している。担ぎ屋というのは、生産者から荷物を受け取って販売しにいく人たちである。この人たちの動向を見ると、日韓の経済関係がよくわかる。

 アベノミクス以前は、韓国から担ぎ屋が乗船して、日本に向けて多くの荷が移動していたが、アベノミクス後は、日本から韓国に向けた荷ばかりになっている。アベノミクスによる円安・ウォン高の効果である。

 これは、アベノミクスが韓国に与えたダメージを如実に表している。こうした現象については、どういうわけか新聞やテレビはほとんど報道しないが、アベノミクスを象徴する現象だといえよう。

 韓国は、自国の産業が大きな影響を受けているので不満をもっているが、国際社会ではG8諸国もG20諸国も、日本の為替政策をけっして非難しない。世界は、行きすぎた円高が修正されたという目で見ているのである。

 また、巨大マーケットである日本の景気が回復して、世界経済の牽引役となってくれることを望んでおり、そのきっかけをつくりだしたアベノミクスに期待を寄せているのである。

 

世界の優良企業が日本の資金に群がりはじめた

 

 国際社会において円安を修正しようという動きが出てこない理由は、日本の金融市場の強さにもある。

 最近、三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の国際業務が大変な賑わいを見せているのだ。トリプルAクラスの国際企業のCEOたちが続々と来日して、三大銀行のトップにアポイントメントを入れている。彼らは、巨額の資金を貸してもらいたいのである。

 欧州危機以降、ヨーロッパの銀行は多額の不良債権を抱えて体力が低下し、貸し剥がしをせざるをえない状態である。巨額の新規融資をする余裕はない。一方、日本の銀行はすでに不良債権処理を終えており、貸付余力をもっている。

 邦銀の強さは10年物国債利回りに表れている。

 日本の10年物国債の利回りは 0.6パーセント程度。アメリカは 2.6パーセントである。ヨーロッパの場合は、国によって若干異なるが、一番優良な国債を発行しているはずのドイツですら3パーセント台である。

 新興国の場合は、債権利回りが大幅に上昇している。

 証券市場で話題になっているのは3年物のブラジル国債である。もともとの発行利回りが 4.8パーセントであるが、投げ売りの状態で利回りは9パーセント台にまで上昇している。発行から1年半が過ぎ、償還まで残り1年半の段階で9パーセントの利回りである。

 長期金利の高低は、その国の金融市場の資金余力を反映している。日本の利回りの低さは突出しており、その分だけ日本のメガバンクに資金余力があるということだ。

 優良企業への貸付は、長期国債の金利に一定の金利を上乗せした金利で貸し出される。アメリカの場合は、国債利回りの2.6パーセントにてパーセントを上乗せして 3.6~3.7パーセント程度になっている。

 一方、日本で優良企業に対して貸し出される長期プライムレートは1.2~1.3パーセント程度である。アメリカ国内での貸出金利よりもはるかに資金調達コストが安いため、海外企業は日本で巨額の資金調達をしたいと考えている。そのため、トリプルAの格付けをもつ企業のトップが毎日のように来日しているのである。

 日本の銀行にとっても利益拡大のチャンスである。貸出先は世界的に名の通った超一流企業ばかりであるから、不良債権になるリスクはほとんどない。低い金利で貸し出したとしても、利率 0.1パーセントの定期預金で資金を集めれば、その差額は非常に大きな額になる。

 あるメガバンクのトップが私のところに来て、「安倍政権になって状況が変わりました。うちの国際部の連中はみんな喜んでいます」と言っていた。各メガバンクには国際部門があるが、以前は儲けの源泉と考えることができなかった。国際部門はあるけれどもほとんど期待されていない状況であった。

 ところがアベノミクスが始まって以降、これまで日の目を見なかった国際部の行員たちが、銀行内を肩で風を切って歩いているそうである。いまや銀行の利益の源泉は国際部から来ているというのである。

 世界中のトリプルA企業が、貸し出し余力の高い日本の銀行の資金力を頼っている。ヨーロッパの銀行は貸し出し余力がないので、日本のメガバンクから借りるしかないのである。

 こうした背景があるから、日本の金融市場の存在感が高まっている。日本で多額の資金調達をしようとする企業は、できるだけ日本と仲よくつきあっていきたいと考えており、日本が不利になるようなことを望んではいない。つまり、円安を修正すベきだという国際世論が形成される状況にはないのである。

 

めざすは平成版「高橋是清」

 

 アベノミクスの本質は、昭和初期の高橋是清路線の平成版である。

 昭和初期の日本経済は、深刻な危機を迎えていた。昭和2年には日本で金融恐慌が起こり、昭和4年にはウォール街の株式大暴落をきっかけに世界恐慌が起こっていた。デフレの脱却と経済再建が当時の日本の最重要課題であった。

 犬養毅首相に請われて昭和6年に大蔵大臣に就任した高橋是清は、日銀総裁の井上準之助とともに片面だけ印刷した急造通貨を市場に大量に供給して、通貨供給量を増やした。また、公共事業投資を大幅に拡大して市場を活性化させている。この2つが高橋是清の基本的な経済政策であった。

 高橋是清が大蔵大臣になった昭和6年から二・二六事件で暗殺された昭和11年までの5年間に、日本経済の成長率は平均7.5パーセントであった。これは現在の中国の成長率と変わらない水準である。

 高い経済成長率を達成することで、日本経済は世界恐慌後の経済危機を世界最速で脱することができたのである。その意味では、高橋是清は大きな業績を挙げた。

 その高橋是清と同じ政策を安倍政権は行なっている。

 アベノミクスの「3本の矢」は、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」の3つである。

 安倍首相は、まず日銀総裁を交代させて金融緩和を促した。新たに就任した黒田東彦総裁は、2パーセントのインフレ目標を掲げて「異次元の金融緩和」と呼ばれるほど大量に通貨を供給し、世界を驚嘆させた。

 この緩和によって、行きすぎた円高が修正され、1ドル80円前後の円高で推移していた為替相場は、一気に1ドル100円の水準に戻ったのである。この円安への修正によって、日本の製造業は失っていた国際競争力を回復していった。

 安倍政権は国土強靭化計画を掲げて、必要な公共投資は積極的に行なうという「機動的な財政政策」も導入している。これも高橋是清の財政政策と同じであり、高橋是清路線の平成版と言える政策である。

 これらの政策によって、株価は大幅に上昇し、企業業績は回復して、日本経済は勢いを取り戻しつつある。アベノミクスの出だしは、まずは大きな成功を収めたといっていいだろう。

 高橋是清は、深刻な恐慌からの経済回復に成功し、緊急時は脱したと見て、出口戦略を探った。拡大しすぎた財政を引き締めようとしたのであるが、そこに立ちはだかったのが軍部であった。

 昭和初期の軍事費は、国家予算全体の4割にも達していた。高橋是清は、軍事費の伸びを抑え、できれば軍事費削減につなげたいと考えていたが、軍部は猛反対であった。それでも彼は、軍部の反対を押し切って、軍事費も含めた財政全体の引き締めに力を注いだため、軍部の一部の恨みを買ってしまい二・二六事件の悲劇につながったのである。

 高橋是清が暗殺されて以降の大蔵大臣は、軍部を恐れて財政赤字に歯止めをかけることができなくなり、財政赤字はいっそう拡大し、行き着いた結果が昭和20年8月15日の敗戦であった。

 現在は、昭和初期と違って軍部の圧力という制約はない。しかし、財政を拡大させようとする圧力はいくらでも存在している。

 こうした圧力をはねのけるためには何が必要か。それは制度改革である。安倍首相は経済を活性化するアベノミクスだけでなく、全面的な制度の見直しを決意している。そこには、税制改革、公務員改革、教育改革などが含まれている。

 昭和初期の教訓を生かすには、全面的な制度の見直しが不可欠である。制度改革をすれば、アベノミクスを中長期的な成功に導いていくことができるだろう。

 

<書籍紹介>

日本は史上最長の景気拡大に突入する
アベノミクスは沈まない

長谷川慶太郎 著

世界経済再生の切り札である「アベノミクス」はなぜ成功するのか? 国際情勢、世界経済を深い洞察力で読み抜く。

 

著者紹介>

長谷川慶太郎

(はせがわ・けいたろう)

国際エコノミスト

1927年、京都府生まれ。53年、大阪大学工学部卒。新聞記者、雑誌編集者、証券アナリストを経て、63年に独立。83年、『世界が日本を見倣う日』で第3回石橋湛山賞を受賞。86年、『日本はこう変わる』(徳間書店)で大きく転換発展する日本経済を描き、ベストセラーに。近著に『シェールガス革命で世界は激変する』(共著/東洋経済新報社)『2013年長谷川慶太郎の大局を読む』(ビジネス杜)などがある。
http://www.hasegawa-report.com/

 

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