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仕事

環境への信念を貫き社員の明日の幸せをつかむ

池田治子(エコトラック社長)

2014年01月08日 公開 2023年01月11日 更新

《『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』2014年1・2月号Vol.15[特集]成功とは何か より》

 

運送業界の常識を破った女性社長の真心と熱意

1999年8月、当時の石原慎太郎東京都知事が、黒いすすの入ったペットボトルを振り回しながら、ディーゼル車の排ガス問題について怒りの会見を行なったのを覚えている人も多いだろう。それに先立つこと同年3月、すでに大阪府門真市では、すすの出ない低公害車だけで運行する運送会社が設立されていた。以来、目覚ましい勢いで業績を伸ばし、各方面から高い評価を受けている。環境関連活動にも力を入れるその女性創業者がめざすものとは何か。(以下、本稿敬称略)
<取材・文:森末祐二(ライター)/写真撮影:清水 茂>

 

天然ガス車との出合いが1人の主婦の生き方を変えた

 

 とにかく明るくて前向き。小気味よいテンポでくり出される大阪弁を聞いているだけで、だれもが自然に笑みがこぼれ、元気になれる。

 大阪府門真市で株式会社エコトラックを経営する池田治子は、そんなバイタリティーにあふれる笑顔の素敵な女性社長だった。

 池田の表情が輝いているのは、たんに人柄が明るいからだけではない。理想の経営、理想の運送会社を思い描き、夫の雅信と二人三脚でその現実化に全力を注いでいるからこそ、明るさと強さが調和した人格が形成されているのだろう。

 百貨店で働いていた池田は、運送会社の株式会社ネットワーク(1990年設立)を経営していた雅信と出会ったことで、運送業界に足を踏み入れた。雅信とは1993年に結婚。夫の会社で働きながら3人の子宝を授かり、仕事と子育てに奮闘する“お母ちゃん”になった。

 「2人目の娘が、生まれたときから重いアトピー性皮膚炎でした。私なりにいろいろと調べているうちに、自動車の排気ガスと皮膚病に関連があるとする報告を医学書で発見したんです。私は夫が営んでいる運送会社のトラックから出る、真っ黒な排気ガスを思い浮かべていました。以前、なかなか休みがとれない夫は日曜日になると、子どもをトラックに乗せて配送に回っていましたが、2人目の娘だけは連れて行かせへんようにしていましたね」

 自動車の排ガスによる大気汚染に苦しむ兵庫県尼崎市の住民が国と企業を訴えた尼崎公害訴訟(2000年に大阪高裁で和解成立)や、「京都議定書」が採択された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)などがきっかけとなって、1990年代後半、環境問題が大きくクローズアップされ始めていた。夫のトラックに乗ることが、どれだけ娘のアトピーに影響があるのかは分からなかったが、母親としては「これ以上悪化させたくない」と、強く感じたのである。

 1998年秋、池田にとって大きな転機が訪れる。毎年たいへんにぎわう地元のイベント「守口市民まつり」に遊びに行ったときのことだ。守口市と大手ガス会社が共同でブースを設け、天然ガスを燃料とする2トントラックを展示しているのが目に入った。「排気ガスがクリーンな天然ガス自動車」とうたっている。

 「へ~、こんなんできてるんや。これ、ええやん!」

 そう思った池田は、雅信の運送会社で試しに使ってみることを提案する。雅信も関心を示し、リースで購入できることも分かって、2台導入することにした。

 使ってみると、従来のディーゼル車との違いは明らかだった。排気管から黒煙が出ないうえ、酸性雨の原因となる窒素酸化物や炭化水素、一酸化炭素などの排出量が非常に少なく、粒子状物質(PM)はほとんど出ない。二酸化炭素ももちろん少なく、環境性能という意味で、天然ガス車が非常にすぐれているのは確かなのだ。

 

低公害車に対する根強い偏見
同業者に勧めても相手にされず

 

 それ以来、池田は天然ガス車を導入したことをいろいろな人に話して勧めるようになった。ただ、同業者を中心にそのメリットを伝えようとしても、だれも関心を示さず、「電気で走るやつやろ?」などとカン違いしている人すらいたという。

 そもそも運送業界には、「環境によいとされる車両は使いものにならない」という先入観が浸透していた。電気自動車やメタノール車、LPガス車など、それまでにもいくつか低公害車が注目されたことはあったものの、運送の現場での使用に耐えるものはなく、結局はディーゼル車以外の選択肢はないと信じられていたのだ。

 そういうわけで、池田がいくら熱心に天然ガス車のメリットを話しても、「どうせ(値段が)高いんだろう」「どうせ(馬力がなくて)走らないんだろう」「どうせ(仕事で)使えるわけがない」といったつれない反応ばかり。

 これらはまったくの偏見である。たとえば、天然ガス車のエンジンの基本構造は、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンなどと大きく変わらない。燃料に「天然ガス」を使用するために、細かい部分の構造変更は施されているが、いわゆる「内燃機関」であるところは同じなのだ。動力については当時からすでに、ディーゼル2トントラックが130馬力に対し、天然ガス車のそれは125馬力と、ほとんど劣っていなかった。

 ただし、当時の天然ガス車(2トン車)は、1回燃料を満タンにして走れる航続距離が200~250キロメートルと、倍の約500キロメートル走れるディーゼル車よりはかなり短かった。 

 でも、これは考え方次第である。運送会社の2トン車の通常の使い方で、1日に走る距離は平均100~150キロメートルといわれる。つまり、2日に1回ガスを充てんすれば、何の支障もなく仕事ができるのである。夫の雅信はいう。

 「天然ガス自動車が運送業に使えるか使えないかという意味では、『問題なく使える』という結論が出ました。車両価格はたしかに割高でしたが、当時は政府から手厚い補助金が出たため、ディーゼル車よりも少し安く買えたのです。燃料費もディーゼル燃料より平均3割程度安いので、ランニングコストも高くありません。運賃を従来よりも下げられるほどではありませんが、コストが同等で公害が大幅に減るのなら、天然ガス自動車を導入する意味は大きいでしょう」

 しかし、夫の会社で実際に使えることが分かっていても、池田の主張は相変わらずだれにも取りあってもらえなかった。池田の中で、「天然ガス自動車のことをもっとたくさんの人に知ってもらわなあかん。地球環境のためにも、もっと広めなあかん」という強い使命感がわいてくる。

 

☆本サイトの記事は、雑誌掲載記事の冒頭部分を抜粋したものです。以下、「1999年の創業から増収続けみずからの実績で実用性を証明」「環境への取り組みが評価され大企業との直接取引も増加」「質の高い『エコトラッカーズ』 資格取得など積極的に進める」などの内容が続きます。記事全文につきましては、下記本誌をご覧ください。(WEB編集担当)

 

<掲載誌紹介>

2014年1・2月号Vol.15

1・2月号の特集は「成功とは何か」。
 “成功”といっても、人によって、あるいは状況によって、さまざまな考え方、とらえ方、形態があるといえよう。松下幸之助は生前、「成功するまで続けて成功」「事業としての成功とは別に、人間としての成功を追求する」「何ごとにおいても、三度つづけて成功したら、それはまことに危険」など、いろいろな“成功観”を持っていた。
 本特集では、練達の経営者や一流のアスリート、社会企業家などにそれぞれの成功観について語っていただいた。
 そのほか、アメリカのカリスマ経営コンサルタントへのインタビューや、最終回を迎えた人気連載も、ぜひお読みいただきたい。

著者紹介

池田治子(いけだ・はるこ)

エコトラック社長

1964年大阪府生まれ。神戸大学法学部卒業後、百貨店に勤務。’93年に結婚・退職し、夫の運送会社経営を手伝う。天然ガス自動車に出会い、’99年低公害車に特化した運送会社エコトラック設立、社長に就任。女性起業家大賞「最優秀賞」(全国商工会議所女性会連合会)、交通関係環境保全優良事業者等大臣表彰(国土交通省)、パナソニックエクセレントパートナーズミーティング「SCM貢献・金賞」、NGVチャンピオンアワード(国際天然ガス自動車協会)、関西財界セミナー「輝く女性賞」など多数受賞。

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