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岩手県知事 達増拓也×佐藤健志 「超復興の実務と理想」を語る〔1〕

2014年03月11日 公開

対談: 達増拓也(岩手県知事)、佐藤健志(評論家・作家)

『Voice』2014年4月号より》

宮沢賢治と「アマノミクス」で日本は甦る

 

現場を踏まえた行動を

 佐藤 医学には「超回復」という言葉があります。英語なら「super recovery」。激しい運動をすると、筋肉の細胞が壊れて筋肉痛になりますが、この細胞が再生するとき、次は同じ力が加わっても大丈夫なように、以前より太く、強靱になること。筋トレをやると体が逞しくなるのは、これが繰り返されるためです。

 同じことは社会システム全体にもいえます。岩手県は東日本大震災でダメージを受けましたが、真の復興を成し遂げるには、震災前の状態に戻すだけでは不十分です。それでは「復旧」止まり。従来よりも強靭で、活力のあるシステムに進化してこそ本物です。これを「超復興」と名付けたいですね。英語に訳せば、「超回復」と同じく「super recovery」になります。

 達増 私が震災後に考えたのも、まさに「前よりも安全かつ豊かで、安心な県にしなければならない」ということでした。安全・安心・豊かという理念に即して「安全の確保」「くらしの再建」「なりわいの再生」という復興に向けた三原則を設け、それぞれが関わる10の分野で、計画の柱を立てました。参考にしたのは1923年、関東大震災からの復興を手掛けた後藤新平さん(満鉄初代総裁、東京市市長、台湾総督府民政長官、逓信大臣、内務大臣、外務大臣などを歴任)の政策です。

 佐藤 くしくも後藤さん、岩手県のご出身(現・奥州市水沢区)ですね。まさに偉大な先達。

 達増 はい。関東大震災後の「帝都復興計画」は、東京を震災前より美しく壮大な都市にする、というものでした。東京市政調査会というシンクタンクを創設していた後藤新平は、科学・技術的な必然性に基づいた復興計画を立てました。彼のことを「大風呂敷」と呼ぶ声もあったけれども、夢想家ではなく、優れたリアリストです。まずは後藤新平さんに倣い、岩手大学や東北大学、東京大学の先生など各分野の専門家に集まっていただき、専門委員会を設けました。

 さらに科学・技術的な必然性の上に経済・社会的な必要性をまとめるために、復興委員会を発足しました。岩手県内の農協や漁協、医師会、商工会議所連合会や工業クラブの会長など各団体の代表者に意見を伺いました。そこから体系的、網羅的な復興計画を策定したのです。

 佐藤 岩手再建をめぐる達増知事の方法論を学ぶことには、「防災」の枠を越えた普遍的な意義があります。社会システムは、さまざまな要素が複雑に関係し合うかたちで成立しているもの。ゆえに全体的なダメージを受けたシステムを修復する際には「あらゆる点を同時に立て直さねばならない」状況に直面させられます。

 逆にいえば、「どこから手を付けてよいかわからない」という混乱も生じやすい。あちらもこちらも、すべてダウンしているからです。再建についての総合的・体系的な方法論がない場合、目立つところ、手を付けやすいところばかりに取り組むことにもなりかねない。しかし、それでは良いシステムは構築できません。

 現在の日本は、多くの分野で従来のシステムが機能不全を起こしており、「祖国再生」の必要性が唱えられています。「システム全体の効率的な修復に基づいた、より良いシステムへの移行」、すなわち超復興は、被災地のみならず国全体の重要な課題なのです。

 岩手県の復興実施計画にしても、たんなる「被災地自治体の取り組み」ではなく、社会システムの修復とレベルアップをどう進めるかという点に関するモデルケースと位置付けられるべきでしょう。最初の計画を策定するまで、どれくらいの期間がかかったのですか?

 達増 関係団体や被災地と相談しながら、ほぼ1カ月で原案を立ち上げました。国が復興の基本方針を定めるより早かったと思います。私は国の復興構想会議のメンバーも務めていましたが、岩手県がすでに準備を進めている計画を国の会議の場で逆提案するのが常でした。

 佐藤 国の方針に対して、何か思われるところは。

 達増 心配するのは近年、政府が地方の詳しい内実がわからなくなっているのではないか、という点です。地方分権の名のもとに地方支分部局(全国各地にある国の出先機関)を廃止・縮小する方針が示されて以来、地域の情報が政府に入りにくくなっています。民主党政権の時代、政府がプロジェクトチームを立ち上げて震災後の避難所の運営について衛生状態や食事回数など、各種項目の調査をしたことがあります。当初、中央から調査官が派遣されるのかと思ったら「市町村ごとに調べ、県で取りまとめて報告せよ」という。宮城県の回答率が35%、福島県が28%程度。岩手県は90%近い回答率でしたが、それは自衛隊に手伝っていただいたからです。

 佐藤 地方分権どころか、完全に中央集権ですね。震災直後、被災地に実態調査を命じるほうがどうかしている。現場の置かれた状況が想像できないのでしょうか。

 達増 市町村は個々の避難所に人を割り当てるだけの余力がないし、県がカバーしても焼け石に水。国も情報が集まらない、という状態でした。後藤新平さんが帝都復興を迅速に進められたのは、被災地が首都東京だったからだとつくづく思います。目の前で何が起きているか、問題の所在を掴むことができたので、第二次山本内閣も国会も素早い対応が可能だったと思います。

 佐藤 テレビドラマ風にいえば「災害は官邸や霞が関の会議室じゃなく、現場で起きているんだぞ!」。

 達増 まさにそう。震災発生直後の岩手県はいわば総動員体制で、知事の私もあらゆる団体に協力のお願いの手紙を出しました。物資や人の手配など、県総出で手分けして行ないました。国でも同じようにすればいいのに、と思っていました。緊急時に経団連や全農など各団体を集め、ヒアリングや指示を行なえる体制の構築は東日本大震災のときですらなかったし、現在のアベノミクスでも見られません。どの経済・産業分野に見込みがあるかを聞き取り、丹念に現場の実態を調べたうえで、投資や規制緩和の対象を個別に決めなければいけません。

 佐藤 いまは(新)自由主義的な風潮が強すぎます。政府があれこれ口を出さず、勝手にやらせておけば、市場原理や民間活力が発揮されて万事解決という次第。これでは総動員態勢など無理です。

 達増 現場のリアリティについての感覚を、中央政府が失っていることを危惧します。

 佐藤 近年の日本では、現実を踏まえた理想ではなく、現実と無縁な幻想がもてはやされがち。オリンピックすら、抽象的・人工的な「日本」イメージのPRイベントという感があります。東京の土地柄に根差した祝祭、真の「お祭り」とは違う気がしますね。

 達増 東北の被災地では地元のお祭りが再開したとき、多くの住民の方が安堵して「ああ、ようやく立ち直れるかもしれない」という希望を抱いたそうです。もともと日本は地方分権の意識が強い国ですから、この150年ほどが例外だったといっても過言ではありません。

 佐藤 しかも多様性のあるシステムこそ、変化や衝撃にも強靱。中央集権型は案外、脆かったりします。

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